アマルガムと自閉症について


歯科用金属の一部であるアマルガムや予防接種のMMRワクチンなどが自閉症の発症に影響しているのではないかということで疑念が抱かれています。その概要についてはFAQのQ12で述べておりますが、ここではもう少し詳しく説明したいと思います。




 アマルガムとは歯科用金属の一種で、部分的なむし歯の詰め物の一部として使われていますが、近年の歯科治療においてアマルガムは歯面との適合性や操作性などが向上した他の歯科材料の進歩により使用頻度が極めて低くなっているか殆ど使われていないのが現状です。このアマルガムは水銀 (無機水銀) 、銀、スズ、銅などの金属を機械で練和した (これにより練和時の水銀蒸気の発生を大きく抑制します) 合金で、水銀はその重量%の約50%を占めます。しかし合金にすることで、健康被害を与えるような水銀が溶出することはないと学術的に証明されており、国際歯科学会とWHOは 『アマルガム充填から放出される少量の水銀は、特に充填時と切削時に多くなるが、何らかの健康被害を引き起こす所見は得られていない 』 としています。

 ところがアマルガムを過剰に危険視して、口の中にある全てのアマルガムを除去し、さらに体内から水銀を解毒させるためにキレート剤の投与を勧める人もいます。そして 『キレート治療を行なうたびに自閉症児の症状が良くなると言っている親は沢山います』 とか、他にも 『自閉傾向の子どもたちが鉛のキレート治療で劇的に良くなった例がある』 などと主観による評価を強調し、あたかも体内の水銀や重金属を取り除けば自閉症が治癒するかのような誤解を招く紹介をしているものもありました。つまり自閉症に伴う行動障害等の一部に改善が見られた?例はあっても当然ながら自閉症が治癒した例はないようです。さらにこのキレート剤投与は副作用も大きく、また症状が改善したと言ってもそれはキレート治療による症状改善なのか、それとも個々の成長や同時に行なわれた (はずの) 療育による症状改善なのか評価基準も明確でなく、その他似通った症状を持った自閉症児においてキレート剤を投与した群としなかった群での比較検討はなされたのかなど学術的や医学的な疑問も残ります。こうしたことから副作用を上回るほどの効果が期待・証明できない限り、自閉症の症状改善目的でのキレート剤投与は治療というよりまだ研究レベルに過ぎず、仮に行うとしても慎重に行うべきだと考えます。

 一方、MMRワクチンとは、はしか、おたふく風邪、風疹の混合ワクチンを一度に予防接種できるとして日本では旧厚生省が1989年に導入しました。しかし無菌性髄膜炎などの副作用が多発し1993年に日本では中止されました。自閉症との因果関係の疑いで中止された訳ではありません。そもそもMMRワクチンと自閉症発症との関連は、水銀 (有機水銀) を含んだチメロサールという保存剤が添加されているワクチンの接種時期が自閉症の発症時期である生後18〜36カ月とほぼ一致することなどから疑われています。自閉症の中には既に獲得した単語が出なくなるなど過去に出来たことが出来なくなる、いわゆる『折れ線型』と言われるタイプもあります。こうした『折れ線型』の自閉症が発症するとなおさら水銀など何かのせいで自閉症が (後天的に) 発症したと疑いたくなるのだと思います。

 アマルガムに含まれる水銀は無機水銀で有機水銀ではありません。下記に示すように無機水銀では脳神経系に影響を及ぼすことはありませんが、有機水銀においては頭部CTなどの画像診断所見で後頭葉や小脳に時として萎縮が見られたりすることがあるなど量によっては脳神経系に影響を及ぼす場合もまれにあるようです。これとは全く無関係ではありますが、自閉症者の中に後頭葉や小脳の萎縮が見られたという症例報告など水銀中毒と自閉症に類似点があるとされることから、水銀によって自閉症が発症したと考えるのも分からなくもないです。しかし自閉症はあくまでも先天性の脳の器質的損傷による障害であり、後天性の障害ではありません。もし後天性の障害、あるいは有機水銀に影響された脳障害であるとすれば1950年代に起こった水俣病など水銀汚染地域において本人または次世代に自閉症児・者の数が突出するという疫学的データがあるはずですが、私が調べてみた限りそのようなデータはありませんでした。さらにイギリスやアメリカで行われた大規模な疫学調査の結果でも、チメロサール含有のワクチンを接種したことと、自閉症の発生率の間に関連はみられず、今のところMMRワクチンが自閉症の原因であるとする仮説を支持する証拠はないのが現状です。

 2003年6月に厚生労働省が水銀を含有する魚介類等の摂食に関する注意事項を出しましたが、その中にマグロが入っていないことを不安視する意見もあります。しかし一般の人がマグロを食べる頻度や量を考えると絶対量で言えばほとんど無視していいレベルの水銀量です。もし魚介類を多く摂取すると水銀中毒や自閉症児が出るというのであれば、海岸よりの地域住民や日常的に魚介類を多く摂取している漁師の家族などに自閉症が多く発症するはずです。一時期、自閉症は生活環境の豊かな人の間で多く発症すると言われていました。しかし今では自閉症は世界のどの地域においても均等に発症するとの報告もあります。そして水銀を扱うことの多い特定の職業や生活環境、地域において自閉症の発症率が高くなるといった疫学的データもまた報告はされていません。

 水銀はその量によって人によりアレルギーが出たり、また中毒を起こすこともあるので取り扱いには注意が必要です。ですから身の回りの物から水銀が少しでも排除されればという考えには同感です。しかし現在のところ『水銀が自閉症発症の原因である』とする考えには科学的根拠や疫学的データが明らかに不十分で支持できない、というのが私どもの見解であります。




*無機水銀
発生現場:鉱石の採掘、水銀抽出、アマルガム製造、殺菌剤製造、電池製造、苛性ソーダ製造
吸収経路:粉塵または蒸気の吸入が健康影響の主因であり、経皮の吸収も起こりうる
検査所見:@血中、尿中、毛髪中の水銀の増加 A腎機能検査、蛋白尿、血尿、乏尿、腎機能障害 B尿中、β2 ミクログロブリンの増加 C尿中コプロポルフィリンの増加D末梢血は貧血になる


*有機水銀
発生現場:消毒剤製造、殺菌剤製造、種子処理作業、木材防腐剤作業など
検査所見:@血中、尿中、毛髪中の水銀の増加 A頭部CTなどで後頭葉や小脳の萎縮


*自閉症と自閉的傾向
自閉症とは発症年齢と3つの主要な症状 (対人関係の障害、コミュニケーションの障害、興味や活動の限局性・反復性) の全部が満たされている場合をさす。それに対して自閉症的な子ども、あるいは自閉的傾向という場合には、全部の症状を満たしてはいないが、そのいくつかを持っている場合に、そのような表現が使われる。



自閉症と水銀についてさらに詳しく知りたい方は次項
   『自閉症と水銀−TBS報道特集を斬る−』 をご覧下さい。
  





アマルガムと自閉症に関して関連記事を紹介します。


アマルガムに再注目 最先端の科学者 神経学的に関連性がないと報告
ADA News, vol36 No5,2005年3月7日


2004年3月7日放送 TBS系列 『報道特集』 における AFD の提言  
自閉症児者を家族に持つ医師・歯科医師の会 ( Autism-Family-Doctor : AFD )より


英国自閉症協会の対応  
(NAS講演会 2003/9/18  熊本 より)


アマルガム法案は誤解を招く  
(ADA News,june3,2002) BY CRAIG PALMER


アマルガムを標的とした自閉症訴訟  
(ADA News,April 15,2002) BY MARK BERTHOLD


アマルガム『安全性と適正性』  
(ADA News,July15,2002)  BY CRAIG PALMER


コロンビア大学の研究がアマルガムの安全性を証明 
(ADA News、Vol.33, No22, December 2OO2)



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