昔の教科書
英語
中学になってはじめて英語を習った。「ジャック&ベティ」という教科書だった。一年の時はわかり易かったが、二年になって関係代名詞や前置詞などが出てくるようになり、長文になってわかりにくくなった。担当は川西先生だった。これが当時の教科書だ。アメリカでは少年でもネクタイ姿なのか!とびっくりした。試験さえなければ英語は楽しい学科だった。
はじめのやさしいところは今でも思い出します。
なんか…アメリカという国の新しい文化にふれるようで刺激がありました。
−Jack to Betty−

 Are you Betty?

 Yes, I am Betty.

 Are you a schoolgirl?

 Yes, I am a school girl.

 Are you a teacher?

 No
, I am not a teacher
この頃、ラジオの民間放送がはじまり、アメリカの若者たちに流行している歌をどんどん紹介しはじめた。ポピュラーミュージックという名称で、映画音楽やヒットソングがはじけるようにラジオから流れてきた。私もその世界に魅せられた。文化放送のS盤アワー、ニッポン放送のP盤アワーなど洋楽レコード会社が提供する番組を雑音の中で必死に耳を傾けた。柏は周囲を山に囲まれているので雑音の中をダイアルを微調整した。なかでも大好きだったのは「ユァヒットパレード」。茂木幹弘、田中まり子のコンビの絶妙な会話と音楽に心を奪われた。
西部劇映画の音楽やスリーサンズの演奏する「誇り高き男」、ベルトケンプフェルト楽団の「愛の誓い」、ドリス・ディの唄う「先生のお気に入り」、ビクターヤング楽団の「エデンの東」など、数えきれないほどの人気曲がそこにはあふれていた。もちろん歌は英語なので、英語の世界にあこがれる気持もあった。草深い田舎ながら、ラジオから流れてくる世界は華やかで少年の夢をひろげた。
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