キシリトールについて

 少し専門的な話になりますが、ここではメーカーの言うキシリトールの特徴を1つずつ検証しながらキシリトールの問題点と効果についてお話ししたいと思います。
 


 キシリトールは『天然素材甘味料』である

 そもそもキシリトールは主に白樺の樹液を原料に作られる人工甘味料です。しかし人工甘味料は危険であるという考えの消費者は数多くいます。そこで人工甘味料であるキシリトールに『天然素材甘味料』などという表現を用いて良い印象を消費者に与えようとしています。もともとキシリトールに限らず天然物を素材としない人工甘味料などはなく、つまり人工甘味料はすべて天然物(素材)であり健康食品のようなものではないということです。



 キシリトールは『FDI(国際歯科連盟)賛助商品』である

 メーカーによるとこれは『FDIを賛助している(FDIのスポンサー)商品』とのことです。しかし大部分の人たちは『FDIが(キシリトール製品を)賛助している』かのように理解しています。これは非常に誤解を招きやすい表現だと思います。というより、そうさせていると思われても仕方ありません。



 キシリトールは厚生労働省も認めた特定保健用食品である

 特定保健用食品としてのキシリトールの意味はあくまでも『歯の健康にかかわる食品としてその表示をしても良い』という認可を得たということであって、むし歯予防やむし歯治療的効果の認可を得たという意味のものではありません。この辺がもっとも誤解されやすいところであり、また業者が巧みに利用するところでもあります。

 分かりやすく言えば、例えば誰かが『毎日キシリトールを噛んだけれどもむし歯になった』と訴訟を起こしたとしても業者はもちろん、国も『むし歯予防のことには関知していない』と取り合わないことでしょう。キシリトールのむし歯予防効果が認可されたわけではないからです。

 特定保健用食品は『ある種の健康効果が期待できると認められた食品については、そのことを包装や容器に表示してもよい』というものです。ちょっと分かりにくいのですが、あくまでも健康食品についてのものであって『むし歯にならない』というような医療的なものではないということです。キシリトールによって『丈夫で健康な歯』になることを期待するけれどもむし歯になるかどうかは別問題ということです。

 特定保健用食品はそれなりに意味のあることなのですが少々誤解を招きやすい制度でもあります。そのため業者によっては情報不足の一般人に対して『厚生労働省も認めた・・・』などと意図的に誤解を招くCMを流したりします。そういう姿勢こそが問われるべき大きな問題なのです。



 キシリトールは驚異の再石灰化効果がある

 キシリトールには再石灰化効果があるといわれますが、これは主にガムを噛むことで唾液の分泌が促進されることによるもので、以前から使われているフッ素の再石灰化促進効果にはとても及ぶものではありません。

 東北大学歯学部の山田教授の文献によるとキシリトールの再石灰化について次のように述べています。

 1996年キシリトールの先駆者であるマキネン教授が日本で公演を行ったとき私は(山田教授)はキシリトールの再石灰化について質問をしました。すなわちキシリトールなど酸を作らない甘味料を含むチューインガムを噛むと唾液の分泌が促進されて歯垢中のpHが上昇します。その結果唾液などに含まれるリン酸やカルシウムがう窩に沈着して再石灰化したのではないか。するとこれはキシリトール独特の現象ではなく、酸を作らない他の糖アルコールでも同じように見られるのではないかと質問しました。これに対してマキネン教授は、その通りであると答えています。

 すなわちキシリトール入りのガムでなくとも、ソルビトール、マルチトール、エリスリトールなどの他の糖アルコールが入ったチューインガムでも同じ結果が期待されることをマキネン教授は認めているのです。




 キシリトールは他の甘味料と比べて(酸を産生しないので)う蝕誘発性が低い

 アメリカ食品医薬品局(FDA)、EUの委員会によるとう蝕誘発性(むし歯を起こす力)についてキシリトール、ソルビトール、マルチトール、エリスリトールなどの間に大きな差は認められないと記しています。またキシリトールが他の代用甘味料より酸を作らずむし歯になりにくいとするデータは、酸素のある試験管内のデータであり、酸素のない実際の歯垢の中では前述した他の代用甘味料と酸の産生に差のないことを表しています。つまり糖アルコールからの酸の産生は酸素の有無で大きな影響を受けるので、酸素のある状態で行った研究結果は『酸素のない実際の歯垢中』の糖アルコールからの酸の産生とは全く違ったものになるということです。

 こうしたことからキシリトールのむし歯抑制作用は微弱なものであることが伺われます。例えば、ガムのキシリトール含有率が90%以上であっても砂糖が少しでも入っていればこれを寝る前に噛むなどむし歯予防においては危険なことで、つまりキシリトールが砂糖の10倍以上入っていても、砂糖のむし歯誘発力を消すことのできないものを『むし歯抑制作用がある』などと言うこと自体おかしな話です。そして『砂糖を食べてもキシリトールを食べれば大丈夫』といった消費者を惑わすような宣伝はするべきではないとも山田教授は述べています。

 一方海外ではこのような結果をふまえアメリカの食品医薬品局(FDA)およびEUの委員会はキシリトール、ソルビトール、マンニトール、マルチトール、ラクチトール、還元麦芽糖水飴、還元グルコースシロップなどの代用甘味料の間にう蝕誘発性の違いを認めていないのです。もちろんキシリトールの抗う蝕誘発性などは認めていません。



 『フィンランドではむし歯が日本の1/3、それはキシリデント.....』

 上記のような宣伝があります。ではそのフィンランドの実体はどうなのでしょうか。

 WHOの歯科保健のモデルになったフィンランドはもともとむし歯の多い国でした。しかし1972年に国民健康法が制定され、これまでの治療中心から予防を中心に国が責任をもってむし歯予防に努めるようになりました。その具体的な予防対策としてまずフッ素洗口が挙げられます。

 歴史的に見て世界的にフッ素のむし歯予防効果は当時から認められていました。これをフィンランドでも積極的に取り入れむし歯予防に成功したのです。キシリトールがむし歯予防に広く利用されたのはその後のことです。

 まず1960年にスウェーデンでフッ素洗口が子供のむし歯予防に対して最大の効果があると報告されました。そしてこれをもとに北欧諸国では学校での集団フッ素洗口が広まっていきました。このフッ素洗口液は日本と違いスーパーに行けば誰でも買えます。また全身応用としてフッ素錠剤の無料配布も行われ、国の責任のもとこれらのむし歯予防対策が無料で行われてきました。また北欧諸国での歯磨剤のほぼ100%がフッ素配合歯磨剤になっています。

 フィンランドのヨルマ・ヨケラ先生が来日した際『フィンランドでむし歯が劇的に少なくなったのはフッ素の利用が一番でした。成功の60%はフッ素の利用によるものです。30%はキシリトールを含む食事指導で残りの10%は歯磨きでしょう。』と語っています。もちろんキシリトールが最大のむし歯予防効果をあげたなどとは言っていませんし、実際フィンランドの事情を報告したいくつかの論文の中にもキシリトールがフィンランドの子供達のむし歯予防に最大の貢献をしたなどという記述は1行もありません。

 しかし日本におけるCMではこうしたフィンランドのむし歯予防の歴史を国民に正しく伝えていないばかりか、キシリトールがむし歯の特効薬であるかのような誤解をまき散らし、フッ素よりもキシリトールを強調しています。このような国は日本だけです。最近キシリトール入りの歯磨き粉まで発売されキシリトールだけでむし歯が日本の1/3に減少したと思い込ませるCMがテレビから流れていますが誇大宣伝であることは否めません。キシリトールにむし歯予防効果がないというわけではありませんが、あのCMに見られるような効果はキシリトール単独ではとても期待出来ないということです。

 そしてこうした誤解を生みやすい商品表示、マスメディアの報道などにより一般の人達のみならず歯科医師達の間にもキシリトールがむし歯予防の特効薬であるかのような誤解が大きく広がってしまいました。



 続けようキシリトール習慣

 キシリトールガムのむし歯抑制効果に関してこのようなキャッチフレーズがあります。そしてまた、実際ガムを1日に3〜4個を3カ月〜6カ月間続けて噛むことによりミュータンス菌(むし歯の原因菌)の活性を押さえ、数を少なくできるとの報告もあります。

 ちなみにキシリトールガムのむし歯抑制効果に関して、ガムの数でいうと1日に3個、3カ月で実に計274個、1日に4個、6カ月では計730個も噛まなくてはいけないという計算になります。つまりキシリトールガムのむし歯抑制効果は、日中、気まぐれ程度にこのガムを噛む位では効果はあまり期待できないということで、普通の人でもこれはなかなか難しいことのように思われます。これ位の努力ができる人、あるいはこれ位時間のゆとりのある人であればある程度のむし歯予防が期待でき、またフッ素配合歯磨剤などを併用すれば、軽度のむし歯(COレベル)なら再石灰化によって修復されるかもしれないということです。

 このミュータンス菌の数とむし歯の発生との関係について、欧米諸国やアフリカなど各国のデータを集めて解析した論文が1996年に発表されました。それによると口の中に同じようにミュータンス菌がいても、むし歯の多い地域と少ない地域があることから『むし歯の発生はミュータンス菌の数とはあまり関係がなく、それよりもそれぞれの食生活に大きく影響される』と結論付けられ高い評価を得ています。すなわち、ミュータンス菌の数が減ってもむし歯の発生が減るとは限らず、むしろ砂糖をみだらに食べるような不規則な食生活の方がむし歯の発生に大きく関与しているというものです。こちらの方が現実論として説得力があります。

 これに対して同じようにミュータンス菌がいても、砂糖の量が少ないとむし歯の活性が低く、砂糖が多ければ菌が活発化してむし歯になる。だから結局ミュータンス菌感染こそ重要で『口移しはやめましょう』などという人もいますが、その証明はありません。山田教授はこれに関して、ミュータンス菌の数を減らすからむし歯が減るというのは『風が吹けば桶屋が儲かる』論理と同じということになるとも述べています。



 ま と め

 そもそも代用甘味料はショ糖摂取量とう蝕活動性との関連からショ糖に替わる甘味料として開発されてきました。また医科領域ではショ糖の摂取と関連するとされるアテローム性動脈硬化や糖尿病患者などの食事療法の甘味料として推奨され使用されています。しかしながら口腔内細菌の適応能力は強く、現にキシリトール耐性のミュータンス菌(う蝕の原因菌)も出現しているとの報告もあり、う蝕活動性低下を目的での使用には注意が必要とされています。

 私は代用甘味料そのものを否定するわけではなく、フッ素を用いたむし歯予防においてあくまでも補助的に用いるなど上手に使えばそれでいいと思います。しかしキシリトールガム単独でむし歯予防が出来るなどと過度な期待はしない方がいいと思います。このようなガムを噛むことよりも1回フッ素配合歯磨剤を使用して歯磨きをする方が、またフッ素洗口をする方が、どれほどむし歯予防に有効か比較にもなりません。キシリトールそのものが悪いというわけではありませんが業者主導、利潤追求の強引なやり方、またそれに荷担する一部学者たちの軽率な行動が日本の歯科保健を歪めてしまったことに強い憤りを覚えます。むし歯予防のためというのならばキシリトールではなくフッ素の活用が考えられるべきです。それが世界の常識です。少なくともキシリトールはむし歯予防の世界常識ではありません。
 
 またこうした業者や一部学者による派手なコマーシャルや売り込みに対して歯科界から批判の声が次々とでてきました。この他の批判は次のようなものです。
 
・キシリトールに限らず人工甘味料を健康食品という観点から砂糖の代わりに食事の味付けに用いたりするのは行き過ぎであり、むし歯予防の点からも無駄であること。

・キシリトールの副作用(多量にとると下痢を起こす)を無視できないこと。(だからガムやキャンディという形でしか使われない)。

・キシリトールはほかの甘味料に比べて高価かつ効果も不確かであること。
 

 繰り返しますが業者の強烈な売り込み作戦の成果でマスコミや歯科医までもがキシリトールを過大評価し、世界常識を逸脱しまっている状況はまさに異様です。こんな国は世界にありません。キシリトールはキシリトールなりの正しい使い方がなされるべきです。


 
トップへ戻る
 
 
 
や さ き 歯 科 
Miyazaki Conference for Promoting Community Health Activity