2008年2月、医歯薬出版より共著『絵カードを使った障害者歯科診療 視覚支援の考え方と実践』が発刊されました。しかし共著であるが故に原文がかなり編集されており、私の本当に伝えたかったことが述べられなかったり、思いとは異なった表現になってしまっているところがいくつかあります。そんな思いから、ここではその原文を更に加筆し、『自閉症児の歯科治療における支援』と題し改めたものを当HPをご覧に頂いている方に限定で公開致します。



〜歯科医療関係者向け〜
自閉症児の歯科治療における支援



自閉症児・者の場合、過去の出来事を鮮明に記憶しており、しかもそれが今突然頭の中でビデオを再生したかのようにその場面が再生される『フラッシュバック』という現象を起こすことがあります。それが楽しかった記憶であればいいのですが、痛い思いをしたとか怖い思いをしたという悪い記憶であったら、それが原因で日常生活の中において突然泣き出したり不安に陥ったり、またパニックなどの二次障害を起こしてしまうことがあります。


そのため初診時の対応はフラッシュバックに繋がるような悪い記憶を脳に残さないようにする意味においても、痛い思いや怖い思い、無理などをなるべくさせないように私たちが彼らに合わせて細心の注意を払う必要があります。そしてこれは今後の歯科治療の可否を左右するうえで極めて重要になってきます。



自閉症は先天性の脳の機能障害で、様々な刺激に対する情報処理が上手くできないため、日常の生活においていろいろな困難をきたしています。自閉症の世界というのは言うならば私たちが言葉も文化も何もかも違う見知らぬ土地に独りで生活しているのと同じような状態です。こうした状況で現地の人が独りでいる自分に合わせて、もし分かりやすく、いろいろな支援をしてくれたらどんなに心強いでしょうか。このように混沌とした世界に生きる自閉症児・者に対して私たちがまず最初にしなくてはいけないことは、彼らの特性を理解し、一人一人に合わせた支援をすることです。
参考:自閉症の特性と自閉症児・者への接し方


また自閉症児・者は左大脳半球機能の障害ならびに右大脳半球機能の優位性から、耳で聞いた情報よりも目で見た情報の方が認識しやすいと言われています。実際、ラジオの実況よりもテレビの実況の方が分かりやすい、レストランで文字ばかりのメニューを見るより写真入りのメニューを見た方が分かりやすい(写真1)、というようにこれは自閉症児・者に限ったことではなく私たちにも言えることで『百聞は一見に如かず』ということわざがあります。まさにそのものです。



写真1 写真入りのメニュー と 文字のみ のメニュー


どちらが分かりやすいですか?



*写真はイメージです



ですからこれから何をされるか分かりにくい歯科診療において、その流れを視覚的に支援しながら説明をすることは、彼らが理解しやすく、自分の意志で行うきっかけや環境を作るうえで極めて重要な支援になる訳です。誤解をしている人も多いのですが、私たち歯科医療従事者の指示や診療内容を伝えるのに効果的だから重要なのではありません。




歯科診療の中の視覚支援


視覚支援というと絵カードを見せるイメージが強いようですが、視覚支援は絵カードだけではありません。例えば口腔内の診察を行うにあたり、その前に保護者が本人に一週間あるいは当日の予定を記したスケジュールボードなどを用いて『歯医者さんに行く』といった予定や診療内容を事前に知らせたり、一方、歯科医院側では診療室において不必要な刺激物となるような物を除去したり歯科用器具、デンタルチェアーなどに番号やマーキングをするなどといった視覚的に理解しやすいレイアウトの工夫をして環境を作ることも大切な視覚支援となります。


口腔内の診察は目に見えないのでとっても不安です。ですから今日行う予定の一連の流れやスケジュールの他に手鏡を持たせ見せながら、またこれから使う機械はどういう物なのかを一度目の前で実演してから診察をすると落ち着いてできることも多いです。他にも今日の予定を記した絵カードを子どもに見せ、これからする内容をお互いに選択して理解納得させます。またいつまでされるのかの見通しをたたせるために数唱したりキッチンタイマー(写真2)を用いたりすることも効果があります。その他綿球などは子どもに作らせそれを使い、参加型の診療スタイルを作るのもお薦めです。自閉症児・者の場合は自分の作った物、選んだことなどに対していい意味でこだわる場合があります。例えば普段なら食べないような物でも自分が調理に加わった物であれば食べるといったことはよくあります。こうした良い意味でのこだわりを上手く利用するということです。


写真2 時間表示機能付きの信号機 と キッチンタイマー
信号も時間が表示されることにより待ち時間などの見通しが立つ。歯科診療におけるタイマーの使用も同じこと。


またコップの水がなくなるまでうがいをする人もいるのでコップの水は減らしておき、うがいが終わったらデンタルチェアーのテーブルの方(チェアー左側のコップ置き場だと自動注水されてしまうので)にコップを置く場所を四角で囲むなどして設けておくといい場合もあります(写真3)。こうしたことも 歯科診療の中の視覚支援の一つだと言えます。


写真3 コップを置く位置の視覚支援
コップの縁も四角の枠と同じ色にして、さらに分かりやすく工夫している。



どんな視覚支援が効果的か


『自閉症児・者の歯科診療においてどんな視覚的支援が効果的ですか?』と聞かれることがよくあります。しかし一言に自閉症といっても感覚の偏りなどの周辺障害や知的障害の有無、物事に対する理解力など100人いればそれぞれ100通りのパターンの自閉症があります。そのため当然ながら一人一人において適切な接し方が違ってくるので、全ての自閉症児・者に効果的な視覚的支援法はないと言っても過言ではありません。


例えばスケジュールを示すといっても一日分のスケジュールなのか週間スケジュールなのかといったその量、またそれを示すのはボディーランゲージか実際の物でいいのか、あるいは写真、文字、それとも線画がいいのかなど一人一人違い、それぞれに合ったアセスメントと支援(写真4)が必要です。そして何よりこれらは本人が理解できる形に工夫していかないと意味がありません。ですから私は基本的に初診時に次のことを保護者からあらかじめ聞いた後、その子ども・その人に合わせた支援法を考え、それから診察に入ります。

写真4 様々な視覚支援の例
時計とスケジュールの並記 時計を用いた終わりの見通し 文字での視覚支援
終わった物は線を引いていく


リング式の写真と絵カード 絵カード(縦表示)
下の封筒に終わったものを入れていく
絵カード+文字


診療台には余分な物はなるべく置かない。終わった物は右のトレーに置いていく。 顎模型と実際に使用する器具を用いた実物による視覚支援 タブレット(携帯情報端末)を用いた視覚支援。大量の絵カードもこれに収まるので場所を取らず、また子ども受けも良い


(1)具体物や写真、文字、線画などどんなもので示すと理解しやすいか
自閉症スペクトラムの中でもアスペルガー症候群や高機能自閉症の人たちは会話ができるので私たちはついコミュニケーションがとれているように思ってしまいます。しかし実際彼らはその『ことば』の意味を理解していなかったり、イメージができない、曖昧な表現が分からないなどといった日常生活のコミュニケーションが上手く出来ない問題を抱えています。そうした自閉症児・者にとって『ことば』よりもやはり視覚情報は理解しやすい第一言語になってきます。ですから会話ができるからといって視覚支援は必要ないとは思わず、文字でスケジュールを示すなどしてみて下さい。その結果落ち着いて診療が受けられるようになったというケースも少なくはありません。


また自閉症児・者の場合、視点が私たちと違うことがあります。例えば写真では中央にある(私たちが)伝えたいと思っている物ではなく、その脇や奥に小さく写っている物の方に、カラーイラストであればイラストの示す物ではなくその色の方に視線がいったり気が引かれてしまうことが時折あります。ですから写真で示す場合は背景に何もない方が、そしてイラストであれば線画の方が無難なケースもあります。その他極めてまれではありますが、視覚的より聴覚的な情報の方が理解しやすい自閉症児・者もいるなど、これらの対応は本当に一人一人違い様々です。


(2)味覚、触覚、聴覚、視覚、嗅覚など感覚の偏りはあるか
自閉症児・者は味覚、触覚、聴覚、視覚、嗅覚などの感覚において極めて過敏であったり、また時には鈍感であることがあります。歯科治療では口の中を触られたり、独特の機械の音や薬品の臭い・味がするなどといった感覚を刺激する要素がたくさんあります。デンタルチェアー周辺を一つとっても歯科用器材がたくさん並べられていると何をされるのか分からず、不安を増幅させてしまうこともあります。


また視覚過敏のため目から入ってくる情報が多すぎて混乱してしまう人もいるので常にサングラスをかけている人もいます。ですからそのような物はなるべく目に入らないように配置したり絵カードも単純化する工夫も人によっては必要です。他にも聴覚過敏のため、街にあふれるような私たちからすればなんでもない音が、あたかもガラスに爪を立てて引っ掻く時の音のようにとても不快な音として聞こえこれが苦痛で、耳をふさいだり耳栓やヘッドホーンステレオをして嫌な音が入ってこないように防御している人もいます。


(3)好きなことや『こだわり』は何か
前述しましたが自閉症児・者はことばも通じない見知らぬ異国の地で一人でいるようなものだとよく例えられます。私たちがそうした環境に空腹の状態で置かれたらどうでしょう?しかし、そこで日本語で書かれた看板の食堂を一件だけ見つけたとします。そうすると私たちは迷わず最初はそこで、またしばらくはそこでいつも食事をするのではないでしょうか。ですが、現地の人からすれば『あいつはいつも同じ店しか行かない。あの店がこだわりなんだね。』と思ってしまうかもしれません。自閉症児はこだわりを持っているのではなく、日常生活において何かしらの不安を抱いているからこそ、無意識にそれを落ち着かせるために(いつもと同じ)安心できる物事に没頭しているのではないかと、そしてそれが私たちの目から見ると『こだわり』に映るのだと私は考えています。


ですから診療室に好きな物を持ってきてもらい、それを持たせておくことで(好きなことに気がいっていることで)他のことが目に入らなくなり、診療ができたということもあります。また診療室でパニックに近い状態に陥ったとき、お気に入りの物を与えたり『こだわり』にしていることをさせると、気分が変わってそれの落ち着くこともあります。他にもこの好きなことやこだわりを診療後のご褒美にするやり方も効果的です。




一人一人に合わせた効果的な視覚支援法を構築するには上記のような自閉症の特性をふまえ、我々スタッフがこうした個々の情報を保護者から聞いて、一緒に協議・アセスメントすることから始まります。またその他、待合室で長い時間待つことが苦手なので待ち時間には配慮して欲しいとか、自閉症の特性についてスタッフが理解していて欲しいなど歯科診療をスムーズに進めていく上で必要なことや配慮して欲しい点を要望として聞いておくと、支援のプログラムがさらに立てやすくなります。


自閉症児・者はよくパニックを起こすと思っている人も多いようですが、その状況場面の意味を理解し見通しが立てられていればパニックやかんしゃくといった不適応行動を起こすことはほとんどありません。なぜ不適応行動を起こすかと言えば、自分の感情や要求などを上手く伝えられない、また逆に相手の言っている意味がよく理解できないなどといったコミュニケーションの障害による多大なストレスからきているものと思われます。もし診療室でそのような不適応行動を起こすようであったり、視覚支援が上手くいかないようであれば、もう一度その支援についてアセスメントを見直す必要があります。そうすればその行動上の問題を軽減することができます。



再診時のための予告


自閉症児・者にとってスケジュールの予告は重要です。次回行う予定について『いつ』『どこで』『だれが』『何を』『どのように』『どれくらい』そしてその後に『何(ex.ご褒美)』があるのかをきちんと示してあげる必要がありあます。ただしこれには保護者の協力が絶対必要なのでその流れと協力の必要性をきちんと初診時に保護者に説明し、これを次回来院時までのスケジュールとして毎回本人に伝えてもらうようにします。そして必要であれば診療室の中や歯科用器材の写真を撮ってもらい、または渡して家で次回の診療内容において歯医者さんごっこのようなシミュレーションしてもらうと効果も上がります。


日常の診療で何をしようにも嫌がって大泣きする子どもに時折、出会います。この時保護者に『今日、歯医者さんに行くことをお子さんに事前に説明しましたか?』と聞くとたいてい『いいえ』と答えます。子どもの立場からすると、昨日はテレビでポケモンを視たので今日は○曜日だ、いつものように保育園に行って帰ってきたらおもちゃで遊ぼう!などと決めているかもしれません。なのにいきなり歯医者さんに連れて行かれ、まして歯を抜いてもらうなんて聞いてない!などと気分を損ねても不思議ではありません。私はたとえまだ幼くても、また障害があったとしてもその子その人なりのスケジュールはあると考えています。


歯科診療において今日は上手く出来なかったとしても、1週間位前から『いついつは歯医者さんに行って歯を抜いてもらおうね』などと保護者から本人に予告してもらっただけで、次回は別の子のように上手く処置のできたことが何度もあります。前もっての予告は必要です。ただし注意しなくてはいけないこととして、上手くできたからといってスケジュール以外のことはなるべくしないことがあります。また良かれと思って嘘を付くのも駄目です。時々『今日は何もしないからね。診るだけだよ』と勝手に言ってしまう保護者がいますが、これは絶対言わないように保護者には十分話しておく必要があります。もし保護者がこう言ってしまったら本当に診るだけしかしてはいけません。それ以外のことをしようとしたり、急な予定変更があると嘘を付くことになってしまい、こうしたことや無理強いが何度もあると、結果として彼らの支援者に対する信頼関係がなくなって今後の指示が通らなくなることがあります。


         


視覚支援の実際


例1.レントゲン撮影
X線写真は診断において極めて重要です。そのX線撮影もとりわけデンタルX線撮影においてはどこが痛かったり気になるのかが分からなければ正確な診断から一歩遠ざかってしまいます。ですからもし、本人がそれを伝えることが出来なければ、大きく口を開いている人のイラストなどのコミュニケーションボードを用いて、上下左右前後おおよそどこの箇所に痛みがあったり気になる所があるのかを伝えることができるような支援法が必要になります。自閉症児・者の不適応行動の原因の一つにこうした『痛み』がある場合もあるので、口の中に限らず頭痛がする、お腹が痛いなど本人が他の人に具合の悪い所を伝えることができるように普段から練習のできていることが望ましいです(写真5)。


写真5 日常生活におけるコミュニケーション支援ボードの一例
写真は『財団法人明治安田こころの健康財団 コミュニケーション支援ボード』


実際デンタルX線撮影では口の中にフィルムを入れて、またパノラマX線では回転する機械の圧迫感に少なくとも数秒間じっと耐えてもらわなければならないので、そこに至るまでの課題は多いように思います。最初はまず無理をせず本人のレベルに応じて、できれば撮影の手順を示した写真や絵カードを見せながら、他の患者さんがレントゲン室で実際に撮影している様子を見学させ、その流れをある程度把握させた後、今日はレントゲン室に入る、次回は防護エプロンをつける、その次は撮影というようにスモールステップで臨んだ方がいいこともあります。


またX線は目に見えないため撮影時に痛いことをされるのではないかという心配も抱きがちです。そもそもX線は目に見える可視光線と違い、目に見えないためX線といい、透過力と生物学的作用の違いの他は基本的にX線と可視光線、両者の物理的性質は似ています。


X線は可視光線と同じように地球を1秒間に7回半回るスピードで伝わり、直進し、物質と相互作用すれば屈折や反射、吸収、透過もします。ですから説明に際して懐中電灯を用い、スイッチを切れば光も消え、全く痛くないことを見せ、普通の光と同じようなものと示せれば理解しやすいです。さらにX線の蛍光作用を利用し、レントゲン室を暗くして、使わなくなった増感紙にX線を当てるところを見せればX線も目で見て確認でき、懐中電灯の光とほとんど同じようなものだとさらに理解が深まります。これが分かれば後は『ビームをする』とか『歯の写真を撮る』と説明して撮影に入ります。またデジタルX線の場合は例えばコインを被写体にして撮影し、瞬時にパソコン画面にそれが映し出されるのを見せて『歯のデジカメ』などと言ってX線撮影がどのようなものなのか実演してみることも重要です。


デンタル撮影の場合、次に問題になるのはフィルムの保持です。口の中は髪の毛一本でも分かるくらい敏感な組織です。ここにフィルムが入れば異物感は少なからずあります。自分で保持ができれば、あるいはフィルムホルダーが使えれば問題ないのですが、フィルム保持の理解ができなかったり嘔吐反射が強い場合は時として術者がフィルムを保持しなければならないケースも出てきます。そうした場合は必ず把針器などを用い、習慣的に術者が素手でフィルムを保持するような不要な医療被曝はしないように気を付けて下さい。


写真6 レントゲン撮影 フィルム(センサー)保持における視覚支援の一例
分かりにくい撮影の手順もこのように表示をすることで、自閉症・児者のみではなく、聴覚障害者や耳が遠くなった高齢者でもスムーズに受診できるようになる。



また二等分法での実長撮影が困難な場合はフィルムにバイトウィングを付けて咬翼法で撮影すれば二等分法に比べるとフィルム保持の問題はクリアしやすいです。そしてもし可能であれば次回の診療に備えて保護者にフィルムを1枚与え懐中電灯や紙で丸めた筒をX線装置に見立てて撮影の練習を家でしてもらうと非常に効果が上がります。


話はそれますが、最近デジタルX線を用いている歯科医院も多くなってきました。『被曝量が従来の1/10だから大丈夫』といって術者が自分でセンサーを保持したり、何枚も撮影している歯科医も私の知る限り少なくはありません。しかし比較対象の『従来のフィルム』というのは現在流通しているD・E・F感度フィルムではなく、1〜3世代前のC感度フィルムのことで、最高感度のF感度フィルムとでなければフィルムとの比較とはいえません。またCCDセンサーはフィルムに比べて照射領域も狭いものが多く、フィルム撮影ならば1枚で済むものがCCDセンサーだと2枚必要なケースもしばしばあります。そのためフィルム撮影とデジタル撮影の照射線量は一概に感度だけでは比較できず、仮に比較したとしても臨床的にみたデジタルX線1撮影あたりのX線照射線量はE感度・F感度フィルムのせいぜい1/2〜1/3程です。つまりメーカーのいう『被曝量が従来の1/10』というのは少々誤解を招く表現であり、これを過信してはいけません。最近メーカーもこうした批判が大きかったため『被曝量が従来の1/10』という広告を止めましたが、この広告の与えた影響は大きく、今もなおデジタルの被曝量はフィルムの1/10だと思っている歯科医療従事者は数多くいます。くれぐれもデジタルだからといってセンサーの保持は習慣的に術者がしたり、不必要な再撮影をしないようにして下さい。



例2.歯周検査

自閉症児・者の歯科治療は最初は困難を極めます。まず不安や恐怖から歯科医院に来られない、入れない人もいますし、入れたとしてもデンタルチェアーに座れない、口を開かないなど様々な問題に直面し、視覚支援をしながらも本格的な治療ができるようになるまでには半年以上かかったというケースも決して珍しくはありません。それがやがて歯周検査まで行おうとする段階になってくると、歯科医院にかなり慣れたレベルになってきたなと私たちはつい思ってしまいます。


ここで定型発達の人であれば『歯ぐきの検査をします』と言ってポケット測定やプラークスコアーといった歯周検査が初めてでも行えるのですが、自閉症の人たちはいくら慣れてきたなと思っても、口の中を診るだけではなく、針(プローベ)でツンツンされながら数値を読み上げられたりしていると、『今何をしているのだろう?』『これから何をされるのだろう?』『4とか5とか言ってるけど何のことだろう』などと新しいことに対して私たち以上に様々な不安や恐怖を感じてしまうことが多くあります。さらにこのポケット測定が痛かったりするとそれだけで頭の中が一杯になって混乱・処理しきれなくなり、検査を途中で拒否してしまうこともあります。こうした不安や脳の情報処理のことに関しては高機能自閉症者の自伝にもよく書かれています。


ですから通院に慣れてきたから、また今まで使ってこなかったからといって視覚支援は必要ないではなく、やはりこれから行おうとする検査においても『何を用いて』『どのようにして』そして分かるようであれば『何のために』検査するのかをある程度説明する必要があります。それが絵カードであろうと術式の流れを示す写真であろうとまた実際に他の患者さんが検査を受けている様子を見せるといったことであろうと何でも構いません。その子その人に合った支援法でこれからすることを少しでも分かりやすくすることです。



しかしながら、絵カードをはじめとする視覚支援といってもこれから行う検査や歯科治療の流れの全てを示すことはできません。また、たとえどんなに上手く視覚支援ができたとしても自閉症児の場合、嫌なことは嫌だと拒否することがあります(こうした場合、終わった後に何かご褒美があると受け入れることが多いです)。そのため視覚支援はあまり意味がないと言う人もいます。他にも、社会は構造化されていないのだから彼らが社会に合わせることができるようにするため、視覚支援などは使わなく、構造化されていない環境で普通の人と同じように接して訓練していかないといけないという意見もよく聞きます。ですが長年行われてきたこうした考えや指導の結果、社会に上手く適応している自閉症者というのを私は正直見たことはありません。むしろどちらかといえば社会に上手く適応できずにしている自閉症者のケースの方が多いように思います。


混沌とした世界に生きる自閉症児・者にとってこれから何が起こるのかを部分的にでも分かることは、その不安を少しでも軽減させていくという意味ですごく重要で、体の不自由な方が杖や車いすを必要としているのと同じように、彼らにとってこれが杖や車いすであり、必要な支援・バリアフリーなのです。







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や さ き 歯 科 
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