W H O の 推 奨 す る む し 歯 予 防

〜補足:電動歯ブラシ・歯磨剤の正しい選び方〜




『日本の常識は世界の非常識』と言われることはよくありますが、歯科の世界においてもそれは同じです。2003年にWHOから『Population nutrient intake goals for preventing diet-related chronic diseases(食物、栄養と慢性疾患予防)』というレポートが発表されました。その中でむし歯について述べられていますので、いわゆる『世界の常識』を紹介します。


なおこのレポートは、『発掘あるある』や『スパスパ』、『ぴーかんバディー』などといった低俗番組のように、いい加減な実験や、どこそこの医師・歯科医師が言っていたからなんてレベルのマスコミ情報ネタとは違い、システマティックレビュー*に基づいての報告ですので科学的信頼度は最高レベルのものと言えます。


表1に示すようにそれによると、むし歯減少要因としてエビデンスが『確実(Convincing)』なのはフッ化物の全身・局所応用、『可能性あり(Probable)』がハードチーズと砂糖の入っていないガムで、『もしかしたらあるかもしれない(Possible)』という低い可能性としてキシリトールとミルクと食物繊維、『不十分(Insufficient)』なものとして新鮮な果物と述べられています。


また、むし歯増加要因としてエビデンスが『確実』なのは砂糖量、砂糖摂取頻度、『もしかしたらあるかもしれない』という低い可能性として低栄養、『不十分』なものとして乾燥果物と述べられています。そしてデンプンの摂取(調理済みおよび生でんぷん食;米、ジャガイモ、パン;ただしケーキ、ビスケット、砂糖入りスナックを除く)は関係なしとされています。


表1 むし歯に関連したエビデンス度比較
証拠
Evidence
むし歯減少要因 関係なし むし歯増加要因
確 実
(convincing)
フッ化物応用
(局所、全身応用)
デンプン摂取
(調理済みおよび生でんぷん食;米、ジャガイモ、パン;ただしケーキ、ビスケット、砂糖入りスナックを除く)
砂糖量
砂糖摂取頻度
可能性あり
(probable)
ハードチーズ
砂糖なしガム
新鮮な果物
たぶん
(possible)
キシリトール
ミルク
食物繊維

低栄養
不十分
(insufficient)
新鮮な果物
乾燥果物


『3歳まで甘いものを食べることをを極力避ければ、むし歯の発生率を大きく下げることが出来る』とか同じく『小さい子どもに対して、むし歯菌が移らないように、口移しや同じ食器を使うのをやめれば、むし歯の発生を抑制できる』なんて言っている歯科医療従事者や保健婦は日本にたくさんおり、言われた通りにこんな非現実的な予防法を実践している気の毒な保護者も少なからずいます。ところが、こうした予防法?に関してWHOは全く触れずいわば完全無視です。つまりエビデンスとしては『不十分(Insufficient)』以下とみていいでしょう。


また、むし歯菌を抑制するとかいって日本ではフッ化物よりもキシリトールがもてはやされ、ガムだけでなくキシリトール配合の歯磨剤やうがい薬も多く売られています。そのキシリトール単独のむし歯減少要因としてのエビデンスもこのレポートによると『もしかしたらあるかもしれない(Possible)』という程度の極めて低い可能性で、むしろハードチーズや砂糖の入っていないガムの方がエビデンスが『可能性あり(Probable)』として推奨されているくらいです。これはよく噛むことで唾液の分泌が促進され、その結果、口の中のpHが中性になり安定化することによるものです。


さらにこのレポートには『口腔内清掃度とう蝕(むし歯)のレベルの間に明確な関係があるとする証拠はない』とも書かれています。むし歯予防に関して要は『フッ化物を使いましょう』、『砂糖を取りすぎないようにしましょう』、歯磨きは『やらないよりはまし』ということでしょうか。


ただし、誤解されるといけないので付け加えておきますが、ここで私が触れた『歯磨きはやらないよりはまし』というのは、フッ化物配合の歯磨き粉を使わない場合、あるいは歯ブラシに何も付けないで磨くいわゆる『カラ磨き』のことであって、フッ化物配合の歯磨き粉、また歯周病に関してはブラッシングをWHOも推奨しています。



砂糖とむし歯に関してここからは補足です。
1960年代頃までは各国の国民一人あたりの砂糖消費量と12歳児のむし歯本数には比例関係がありました。しかし近年ではそれが崩れてきています。オーストラリアやニュージーランド、フィンランドなどは国民一人あたりの年間砂糖消費量(約50kg)が日本(約20kg)の2倍以上あるのですが、12歳児のむし歯本数は逆に日本の1/2から1/3です。


諸外国では、むし歯の発生は砂糖の量とは関係なく、砂糖を食べてもむし歯を防げる方法(フッ化物の応用)が確立されています。そのため砂糖の摂りすぎはむし歯になるというよりも、むしろ糖尿病や肥満につながる恐れがあるといった全身的な健康問題として取り扱われています。


自閉症児というのは、その生活の困難さが故にどうしても定型発達の子ども達と比べるとむし歯の発生リスクは高くなります。ですから私なりの結論としてむし歯予防には、こうしたむし歯の発生リスクの高い子ども達にこそ、WHOが推奨するようにフッ化物を応用した方が極端な甘味制限やむし歯菌の母子感染、キシリトールなどよりもずっと現実的、重要、かつ効果的な手段にあるように思います。


*:システマティックレビュー
世界中の科学的論文を隈無く収集し、それらについて科学的に適正な方法で調査研究が行われているかどうかを批判的に吟味、評価して調査対象の集め方や解析手法が科学的に正しいと評価された論文だけをもとにして統計学的手法を用いて1つの結論を導き出すというEBM ( Evidence-Based Medicine:科学的証拠に基づいた医療 ) に基づいた最も信頼性の高い医療・予防法の総説。
つまり同じ問題を扱う二つ以上の試験から得られる定量的な証拠について形式に則って行う評価で、もちろんこの時、実験方法などに問題があるような論文は削除して検証しているので極めて信頼性の高い科学的検証法と言える。



次に電動歯ブラシについて触れてみます。

家電量販店に行くと値段はピンキリではありますが、様々な電動歯ブラシが並んでいます。私も仕事柄『電動歯ブラシはどういうものがいいのですか?』などと聞かれることがよくあります。メーカによるとどれも自社製品が他社製品や手磨きと比べて効果があると宣伝しているようですが、こうした場合もシステマティックレビュー*の検証をすれば本当のことが分かってきます。


その超音波を含む電動歯ブラシと手用歯ブラシの効果について信頼できる情報としては、アメリカの南カリフォルニア大学歯学部が行った文献的考察(下記参照)があります。
結果の概要は、『歯垢と歯肉炎の減少については全ての電動歯ブラシと手用歯ブラシとの間に効果の差はみられない、しかし回転振動型の電動歯ブラシにおいては(手用歯ブラシと比べて)歯垢を7%、歯肉炎を17%減少させた。電動歯ブラシが歯周病とむし歯の発病率を下げるという評価に耐えるようなデータはない。』などといったところです。


Manual versus powered toothbrushes: a summary of the Cochrane Oral Health Group's Systematic Review. Part II.

Forrest JL, Miller SA. J Dent Hyg. 2004 Spring;78(2):349-54.

Division of Health Promotion, Disease Prevention and Epidemiology, University of Southern California School of Dentistry, USA.

PURPOSE: A systematic review examining the clinical effectiveness of power versus manual toothbrushes was conducted by the Cochrane Collaborations Oral Health Group. Their review examined clinical trials conducted through 2001 and used international standards to identify, access, evaluate, analyze, and report the data. Part I of this series discussed distinguishing characteristics of evidence-based publications, such as systematic reviews, whereas this report provides a summary of the Cochrane Review, its importance to the profession, and discusses the strengths and limitations of systematic reviews. METHODS: Search strategies to identify published clinical trials on power toothbrushes were developed, and manufacturers were contacted for additional published and unpublished information. Trials were selected based on pre-established criteria; including whether they compared power versus manual toothbrushes used a randomized research design tested products in the general population without disabilities, provided data on plaque and gingivitis, and were at least 28 days in length. Six reviewers independently extracted information in duplicate. Indices for plaque and gingivitis levels were expressed as standardized mean differences for data distillation. Data distillation was accomplished using a meta-analysis, with a mean difference between power and manual toothbrushes as the measure of effectiveness. RESULTS: Searches identified 354 trials, of which 29 met inclusion criteria. These trials involved 2.547 participants who provided data for meta-analysis. Results indicated that for both plaque and gingivitis, all types of power toothbrushes worked as well as manual toothbrushes, however only the rotating oscillating toothbrush consistently provided a statistically significant though modest benefit over manual toothbrushes in reducing plaque (7%) and gingivitis (17%). None of the battery powered toothbrush studies met the inclusion criteria. CONCLUSION: The Cochrane systematic review used international standards to examine more than 30 years of published studies. A concern is that only one type of electric toothbrush, the rotating oscillating toothbrush consistently demonstrated a statistically significant benefit over manual toothbrushes, and the majority of studies did not meet the standards for inclusion in moving forward it will be important to conduct methodologically sound studies demonstrating the ability of power toothbrushes to reduce the incidence and prevalence of caries and periodontal disease.



この回転振動型の電動歯ブラシは商品名で言うと、ひげ剃りで有名なBRAUN(ブラウン)が出しているOral-Bになります。ブラウンではこのデータを基に他の電動歯ブラシと比べて優れた臨床効果が証明されていると大々的に宣伝していますが、それでも他の電動歯ブラシや手用歯ブラシと比べてたかだか歯垢が7%、歯肉炎が17%減少しただけにすぎず、歯周病とむし歯の発病率を下げることまでは期待できません。ましてや超音波を含むその他の電動歯ブラシに関しては手用歯ブラシとの間に効果の差はみられないというのがシステマティックレビュー*に基づいた結論です。


数ヶ月前、某歯科器材販売メーカーが超音波電動歯ブラシの売り込みに来ました。一通り話を聞いた後、私が『でも手用歯ブラシと比べて効果があるという信頼できるデータはないですよね』と言うと販売担当者はあっさりそれを認めました。そのことについてはメーカーもよく知ってはいるようです。


ですから手でしっかり磨けるようであれば1万円以上もする高価な電動歯ブラシは必要ないということになります。しかし上手く歯ブラシが使えない人にはいいかもしれませんが、超音波で歯垢を分解するとか、むし歯や歯周病を予防するなんてことまでは期待しない方がいいと思います。


ちなみにマイナスイオン歯ブラシやコエンザイムQ10配合の歯磨剤なんて物もありますが、マイナスイオン自体が非科学的、いわゆるニセ科学でそのためマイナスイオンをWHOで検索してもヒットすらしません。またコエンザイムQ10の抗酸化療法に関してもWHOはその効果を否定しています。こんな歯ブラシや歯磨剤では何の効果も期待できないということは言うまでもありませんが一応付け加えておきます。



筆が滑ったので歯磨剤についても少し触れておきます。
先日、某地方紙に『歯周病などを防ぐ』などとうたっている高級な薬用歯磨剤が売れているとの記事が出ていました。確かにスーパーで陳列棚を見てみるとプロポリスやキシリトール、乳酸菌などいろんな物を配合した歯磨剤が並んでいます。
しかし、中には効果のほとんど期待できない物もありますが、一般の人にはそれが分からないばかりか、効果があると思いこんでいる人の方が多いのではないかと思います。それどころか歯科医療従事者ですらそう思いこんでいることも実は少なくありません。


そもそも歯磨剤は薬事法薬務局長通知によって規定されており、化粧品歯磨剤と医薬部外品歯磨剤に分かれています。そしてこの医薬部外品歯磨剤の別名を薬用歯磨剤といいます。医薬部外品歯磨剤(薬用歯磨剤)は含有する薬効成分によって次の効果の審議がされ承認されたもので現在市販されている歯磨剤の多くを占めています。


1 むし歯の発生および進行の予防
2 歯肉炎の予防
3 歯周疾患の予防
4 歯石沈着の予防
5 口臭の予防
6 たばこのヤニの除去


歯磨剤の箱の脇やチューブの脇に成分が表示されています。これを確認して下さい。ここにある薬効成分がその歯磨剤の効能になります。
乳酸菌配合やプロポリス配合の薬用歯磨剤にはいろんな効能がうたわれていますが、成分をみると肝心の乳酸菌は清掃剤(歯垢除去成分)であったり、プロポリスやキシリトールに至っては単なる香味剤であったりする場合も多くあります。


ではなぜ乳酸菌やプロポリスやキシリトール配合の歯磨剤は薬用歯磨剤なのでしょうか?
それはモノフルオロリン酸ナトリウムやフッ化ナトリウム、グリチル酸ジカリウムなどといった薬用成分が入っており、それの効能が認可されての『薬用』であるからです。乳酸菌やプロポリスやキシリトールの効果が認められての『薬用』ではありません。こうした背景には単なる清掃剤や香味剤といった乳酸菌やプロポリスやキシリトールでも、一般の人達には薬用歯磨剤と表示した方が何だかそれらの薬理作用があるように感じやすいので、医薬部外品歯磨剤と表示するよりメーカーは好んでこの言葉を使います。


先のWHOのレポートに基づけばむし歯予防に効果があると十分なエビデンスをもって認められているのはフッ化物の応用のみです。それを満たす歯磨剤は薬用成分に『モノフルオロリン酸ナトリウム』あるいは『フッ化ナトリウム』とある歯磨剤です。この表示があるかないかをチェックしてみましょう。



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