創作神楽阿蘇姫(佐土原伝説) 
宮崎千年神楽シリーズ5

プロローグ
 昔、佐土原の殿様の奥方におキタさまという方がいました。奥方は、阿蘇神社(熊本)大宮司の娘で、その美しさにひかれて殿様が奥方に迎えた。奥方の実家の阿蘇家は、古代から阿蘇谷の宮地に鎮座する阿蘇神社の大宮司で、中九州に勢力を持つ豪族であった。
 人々は、奥方を「阿蘇さま」と呼んで親しんだ。やがて男の子が生まれ、城の中で楽しい日が続いていた。
 ところがある年、殿様が日向市細島の港のあたりに出掛けたとき、浪人者の娘で、大変美しい少女に出会った。殿様はすっかりこの少女に心を奪われ、そのまま城に連れて帰り、そばに置いてかわいがった。
 阿蘇さまは美人ではあったが、お屋敷育ちで世間のことにうとく、殿様の心をつかむことにおいても、少女に及ばなかった。あるとき、阿蘇さまが殿様の足を洗った後、なぜか殿様の足がはれるということがあった。
 すると、少女は「阿蘇さまは蛇の化身だから、殿様はその毒にあてられたのだ」と言いだした。そのことが原因で、だれともなく、阿蘇さまのことを蛇姫さまと言うようになった。
 やがて殿様もこれを信じ、阿蘇さまが生んだ男の子を「お前も蛇の化身だろう」と、柱にぶつけて殺してしまった。そして阿蘇さまを家来に命じて丁重に阿蘇家に送り帰した。
 
一幕  満願  
(阿蘇姫)そもそもここに忍び現れたるは、佐土原城主は島津(ゆき)(ひさ)の妻おキタと申すものにて候。()この所に出でくる事は、余の義に有らず。いにしえより阿蘇谷の宮地に鎮座する阿蘇神社より、(ゆえ)ありてこの佐土原に嫁ぎ、殿に愛でられ、楽しき日々を過ごしし候。されど我が殿、日向に参られし折、美しき娘に気を取られ、召し寄せられし候。それからは、誰となく我のことを蛇姫さまと呼び、我が子に冷たく当たり、あえ無き最後を遂げたり。さても、口惜しきことにて候。さてはその恨み晴らさんと、日頃信心いたす弁天山に、七日七夜の願を掛け、迎えたる今宵が満願なり。
               ・・・・・舞・・・・・2礼2拍手1礼
 あら嬉や。ついに我、妖術を得たり。さればオキタから阿蘇姫と名を改め、よって家来を掻き集め我が妖術をもって島津以久らにこの怨み晴らさんぞと思うなり。
                  ・・・・・舞・・・・・ 
二幕  陰陽師 
上田島三郎そもそもこの所に進み居でたる者、我こそは都において陰陽(おんみよう)の学を司る上田島三郎と申すもの、またこれなるは上那珂八郎と申すものにて候。() 我このところにいで来たることは余の義に有らず。このたび、日向の国は佐土原において、島津(ゆき)(ひさ)の妻おキタなるもの、怪しき妖術を心得て、名を阿蘇姫と名のり、城内にて悪行をなし、天下を乱すことはなはだしきと聞き及びて候。よって陰陽(おんみよう)の秘術をもって、速やかに退治せよとの勅命なれば、只今より日向の国は佐土原を指し駒足を進めばやと思うなり。
       ・・・・・・舞・・・・・
三幕  上申 
(鬼 丸)そもそもこのところに現れたるは、阿蘇姫様に使え申す我名は鬼丸、またこれなるは蜘蛛丸と申すものなり。こたび都より上田島三郎が、阿蘇姫を征伐するため、はるばるこの日向の国に向かいたると聞き及びては、速やかに阿蘇姫様に言上つかまつるべく、道を急がんぞと思うなり。
     ・・・・・・舞・・・・・
鬼 丸)阿蘇姫さまに言上申して候。
(阿蘇姫)何ることにて候や。
(鬼 丸)されば、このたび、都より阿蘇姫さま征伐のため陰陽師上田島三郎がこの館に向かいたるを聞き及びて候。
(阿蘇姫)何と陰陽師上田島三郎が。陰陽師ごとき成敗してくれようぞ。いかに鬼丸に蜘蛛丸我らが力、見せてくれようぞ。
(鬼 丸)心得申して候
     ・・・・・・舞・・・・・
四幕 戦い  
上田島三郎急ぎそうらえば、ほども無し、早、日向の国に着いたと思えし候。されば、これより阿蘇姫の館に立ち急ぎ、阿蘇姫を退治いたさん。
    ・・・・・・舞・・・・・
上田島三郎やれ、阿蘇姫よ、よく聞け。我こそは上田島三郎なり。汝、妖しき妖術を心得、悪事を働くこと数知れず。よって我ら陰陽の秘術を使い、ここに汝らを速やかに成敗いたさん。阿蘇姫覚悟いたしそうらえや。汝らいかなるものぞ。
    ・・・・・・舞・・・・・
(阿蘇姫)汝が上田島三郎なるか。我を阿蘇姫と知ってのことなるか。またこれなるは我が家来にて鬼丸に蜘蛛丸と申すものなり。我が領地に入るとは飛んで火に入る夏の虫。夏の虫とは汝らのことなり、陰陽師こどきが我らを退治するとは片腹痛し、汝らを返り討ちにしてくれようぞ、いざや、立会い勝負、勝負
      ・・・・・・舞・・・・・
五幕 龍の化身
(阿蘇姫)我が家来どもが討ち取られるとは残念なり無念なり、されば我が妖術をもって汝らを退治せばやと思うなり。最後の勝負つけてくれんいざや立会い勝負、勝負
      ・・・に変身・・・・・(切られる) 再度鬼に変身・・・・・(切られる)元に戻る・・・
(阿蘇姫)我が想い殿にも届かず無念なり、また我が子らが哀れなり。我が心、誰も知らず、無念なり、また我も討ち取られるとは、返す返すも無念なり
陰陽師)えい、やー
    ・・・・斬られる・・・・・

(阿蘇姫)父上・・・母上・・・
六幕 勝利の舞
陰陽師)阿蘇姫の首を討ち取ったり、されど阿蘇姫には何も罪はなし、哀れなり。これよりは弁天山に向かい阿蘇大明神として阿蘇姫を供養せばやと思うなり。・・・
      ・・・・・・舞・・・・・・・・・
  阿蘇さまは肥後(熊本)の阿蘇の大池まできたが、そこで池に身を投げた。付き添いの者が驚いていると、水に沈んだ阿蘇さまは蛇の姿で現れ、「自分は蛇ではない。殿に捨てられた恨みでこうなった。殿や子孫にたたってやる」と言って姿を消した。
 殿様はどういうわけか、後に足を患った。生まれた姫たちにも不幸が続いた。城では、弁天山のふもとに阿蘇さまの霊を鎮めるため、阿蘇大明神を祭った。今はこの社は存在しない。

原稿作:Kanai 曲:日向橘寿獅子七人衆   協力:上村自治会
陰陽師小林学 阿蘇姫:長友芳立 演奏
陰陽師石村卓司 蛇 丸畑中勇人 大太鼓 :伊崎知可子
蜘蛛丸金井善嗣 締太鼓 :山下礼生奈
笛   :清水三貴
手打鉦  :長友由紀江