少年冒険記
 柏中時代の冒険記です。
 冒険記というより「失敗記」に近いのですが、今でも印象に残っている事なので書きました。
中学二年生の頃は理科の担当に大野 敏先生という人がいました。なかなか鋭い先生なので、あだ名は「ビン」と言っていました。名前のとおり敏感のビンです。大野先生は、夏休みの自由研究などに「植物採集」を提唱していました。柏は農漁村ですから中学生の研究課題としては金もかからず、そして研究心も養えるよい方法ではありました。
素材の草花は身近にあります。採集してきた草花を古新聞紙で押して水分をとり画用紙にセロテープでとめて分類カードを貼って完成です。それを二学期のはじめに図書室の長机の上に展示して、誰もが見れるようにしています。秋の放課後それらを見るのが私は楽しみでした。

学校側も植物図鑑を買って図書に入れてくれたり、胴ランという採取した植物を入れておくブリキ製のカゴをいくつか備品にして貸し出すなど、協力体制にあったのです。採集に興味を持った私たちは、夏休みといわず、天気の良い日曜などは数人でグループを作り「植物採集」に野山を歩きました。

平地の少ない柏では、野というのは畑やたんぼをさします。そのあたりにある草花の採取からはじめ、だんだんエスカレートし、次は「知らない珍しい草花を」採取したい、という気になるのは当然です。
そこで、男の子ですから、山のほうにも足をのばし、珍しい植物を取ってきてはそれを話題にする日々が多くなりました。時には大野先生みずからリーダーとなり、由良半島一周の植物採集の旅を計画、秋の日曜日、男子生徒数人を引き連れて、徒歩で由良半島の先端まで行って帰るという、いささか冒険に近い採集旅行を実行するなど過熱ぎみでした。

もちろん私も参加しました。早朝に柏を歩いて出発、大浜、須ノ川を経て鳥越トンネルに着きました。そこまでは県道なのでたまに宇和島バスも通り安心でしたが、トンネルを基点に左折れすると、そこからいよいよ宇和海につき出た由良半島です。海沿いの家串・平バエ地区をすぎると、段々畑作業道を兼ねた山道ばかりです。それでも頂上にある道を選んで歩いたので眺めも良く効率よく足を進めました。畑の頂上から見おろすと、青い海に囲まれた半島の入り江の風景が絵のようにきれいでした。

そんな冒険ムードが高まっていたある秋の日曜日のことです。観音岳に登山して植物採集しよう…と決意して浜田義勝君や大和田光男君、小松和三郎君などに声をかけました。わが家に集合したのですが、近所の同級生の樫田ナミ子さんはスポーツ派で明るい子なので誘ってみよう…ということになり、家に行ってみました。
そしたら、その日はナミちゃんは「須ノ川地区」へ植物採集へ山本トッコさんと行くことにしていたので、ちょうどいいから一緒に観音岳に行こう、と話がまとまりました。
「山本トミエさんの話」
 …その日はナミちゃんと一緒に隣村の須ノ川へ植物採集に行く約束で、朝、バス停に出て待っていたのに、なんぼ待ってもナミちゃんが来ないので…奥柏のナミちゃんの家まで歩いて行きました。そしたら「観音岳」へ行く、というふうに話がかわっていたので驚きました。どっちにせよ植物採集に行くつもりだったので男子たちに合流しました。…

全員そろい5人となり、元気よく山へ向かいました。当時観音岳は「霊験あらたか」とかで地区の人が山道を整備して、私も何度も登っていたので、あまり刺激がなく、今日は向かい側の違う山の道から頂上をめざすことにしました。これが遭難騒動の発端でした。 

                            (2)へ続く。
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