小説・天は赤い河のほとり

小説・天は赤い河のほとり

蒼風が吹く時


第1章

第二章

第三章

第四章

最終章




第1章


その日は雲ひとつない青空の広がる暖かな日であったことをカイルは覚えている
何もなかったように静かに空を見上げカイルは長いまつげをふせ
そっと瞳を閉じた
「キックリ私は泣かぬぞ」
そう言い放つカイルの頬を一筋の涙が伝った
母ヒンディー皇妃の死は突然であった
もともとそんなに身体の丈夫なほうではなかったがこんなに早く別れが来るなど
だれが予想しただろう
カイルの横ではザナンザが声をあげて泣いていた
ザナンザは自分の産みの母を無くしているがその時は死そのものを理解してはいなかった
ヒンディー皇妃の死はザナンザに初めて死の悲しみを理解させた
カイルはザナンザの頭を撫ぜると静かに慰めるように言った
「ザナンザ、ここで泣いたらもう泣くな皇子は人前で涙を見せるものではない」
ザナンザは返事をする代わりに声をしゃくりあげながら腕で涙をふき取ると唇をかみ締めた
自分の代わりにザナンザが泣いてくれるそう思いながら
カイルは自分を見上げるザナンザの目線に自分をあわせもう一度やさしく頭を撫ぜた
カイルはこの腹違いの弟をかわいがった
歳が近かったせいもあるが、幼くして母を無くしたザナンザを哀れんで
カイルの母であるヒンディー皇妃が引き取り一緒に育ったことも、要因だろう
母は時間のある限り二人の幼い兄弟とともに過ごす事をいとわなかった
その時間がカイルにとっても唯一安らげる時間であったと言っても過言ではない
カイルは第3皇子ではあったが、現皇太子の次に王位継承権をもつ皇子であり
帝位を継ぐべき教育を受けるべき地位にあった
そのことがカイルから人前で感情を殺し冷静に行動せざるおえない状況を作っていた
自分をさらけ出すことができる場所が母であった
その母が今はもういない、
母の死が意味するものはカイルにとって他の者が考えるよりも重要なものであった
母の崩御に伴い宮廷の関心事は次の皇妃が誰になるかということであった




第二章


「次の皇妃が決まったようですが、ご存知ですか?」
イル・バーニはカイルの反応を確かめるように静かに声をかけた
「ああ、そうみたいだ・・・・・」
イル・バーニの言葉はカイルに臆することもなくいつも卒直にカイルの心の中へ踏み込んでくる
カイルは長いすに身体を横たえ無関心を装いながら答えた
自分の本心を悟られるのを嫌うように庭の噴水に目をやりながら
イル・バーニのほうへは振りむかず答えた
まだ母上がお亡くなりになって半年も経たぬ
カイルはこみ上げる怒りを抑えた
ヒンディー皇妃が崩御されて数日もたたぬうちに宮廷の中は次の皇妃に取り入ろうと
画策する貴族の活動の場となっていた
その宮廷の空気を嫌いこの数ヶ月カイルは極力宮廷への出向を避けてきた
一国の皇帝がいつまでも皇妃無しで過ごせるものでない事はカイルも解ってはいた
ただ頭では解っていても感情がそれを受け付けなかった
だがカイルにはその感情に浸ってる時間はなかった
イル・バーニはそんなカイルの反応にお構いなく話を続けた
「ジュダ皇子を生まれたナキア皇女が皇妃にたたれるようですな」
「ナキア皇女はまだお若いがまあ妥当な人選でしょうか」
「なかなかしたたかな御側室だ」
イル・バーニの言葉を遮るようにカイルは言葉を吐き捨てた
「確かに今の側室の中で皇子を産んでるのはナキア皇女だけだ」
「王家の生まれで血筋も問題ない」
「だが、ヒッタイトに来て数年で父上の寵を受け皇子までも生んだ」
「なかなかの手腕だと思わぬか?イル・バーニ」
「御気づきでしたか・・・・・」
「この数ヶ月傷心に浸っておいでだけではなかったのですね」
イル・バーニは微笑みながら一つ頭を下げた
「お前の言いたいことは解ってるさ」
「皇妃の権力を待ったときどのような態度で出ることか・・・
気を抜くつもりはない」
カイルはイル・バーニに視線を移し答えた
現時点でのカイルの王位継承権は皇太子を除くと次の地位にあった
その次に位置するのが生まれて間もないジュダ皇子であった
ナキアが皇妃となった時ジュダ皇子の王位継承を望んでもなんの不思議もない
イル・バーニの不安はそこにあった
「争いを好まぬお方ならよろしいのですが・・・」
「あの陰湿な後宮の争いを勝ち抜いたお方だ、母上の庇護があったとしてもな・・・」
生前ヒンディー皇妃は人質同然としてヒッタイトの後宮にやってきたまだ幼さの残る少女を哀れんだ
何の後ろ盾も持たぬ側室にとってけして後宮は住みよいところではなかったはずだ
ヒンディー皇妃は何かにつけ少女のことを気にかけ他の側室の嫌がらせを回避させていた
ヒンディー皇妃の気配りが後宮の争いを無難に収めていた
ただヒンディー皇妃の目の届かぬところで陰湿ないじめがこの少女に行われていたのも事実である
その少女がヒンディー皇妃の死とともに皇帝に次ぐ権力を手中に治めようとするナキアであった
「運がいいだけなのか、それとも・・・・」
カイルはイル・バーニに疑問を投げかけた
「運だけのものなら問題はあるますまいが、
なんの後ろ盾も持たぬものが、運だけで皇妃になれるものか疑問は残ります・・・」
「意見は一致だな」
「キックリ!キックリ!はいるか?」
「ハイ ここに」 キックリはカイルの側に膝まずいた 「宮廷に出かけるぞ」 そういうとカイルは長いすから身体を起し部屋を足早に出て行った
イル・バーニは静かに頭を下げ
二人の後姿を見送った
「忙しくなりそうだ」
イル・バーニの心がつぶやいていた




第三章


「父上、お后がお決まりになったようでお祝い申し上げます」
皇帝の玉座の前に跪いたカイルは開口一番にそう言い放った
「カイル、そう皮肉を言うな」
「私とてヒンディーの死は辛いのだ、だが国王の務めとしての義務がある
ヒンディーの面影に生き写しのお前を見ると心が痛む」
カイルの視線を反らすように口数多く皇帝は言葉を続けた
「私はヒンディーのすべてを愛した、あれ以上の皇妃は現れないだろう
お前の母は私自身のために皇妃とした、次の皇妃はヒッタイトの為の皇妃として選んだのだ」
「父上を責めるつもりはありません」
「ただ確かめたかったのでございます、どうゆう経緯でナキア姫を選ばれたのかを」
「お前にそれを知る権利があると申すか」
皇帝は玉座から身を乗り出しカイルの申し出に戸惑いを覚えた
「差支えがなければ」
カイルは臆することなく真剣な眼差しで父を見上げた
「今の側室の中で皇子を産んでるのはナキアだけだ、それに少なくとも皇女だ」
皇帝は大きく息を吐いてそう答えた
「それ以上聞くな」
そして皇帝は玉座に深く身体を預けた
父の言葉にうそは無いのだろう
ナキアの皇后擁立もヒッタイトの国としても何の問題もない
だがなぜかカイルは一抹の不安を取り除く事は出来なかった
そのカイルの不安が的中するのにそう時間はかからなかった
ナキアが皇后の地位につきタワアンナとしての力を持ったとき
ナキアはその本性を徐々にあらわした
そのやり方はまさに巧妙であり、気がついたときには
後宮でナキアに逆らうものは誰一人としていなかった
以前ナキアと伴に皇帝の寵を争った側室の一人は
父親の政治的失脚により後宮を追放された
その裏でナキアが動いていた事とを知る者は少なくなかった
「やはりなかなかの曲者でしたな」
最近イルバーニは毎日のようにカイルの屋敷にやってきては話し込む日が続いていた
宮廷ではナキア皇后ににらまれる事を恐れる雰囲気が流れるようにになっていた
「反抗するのは私ぐらいのものだろうな」
「ほどほどになさいますように」
「いくら私でも今の義母の権限には勝てぬ、しばらくはのんびり遊ばせてもらうさ」
そういいながらカイルはワインを飲み干した




第四章


カイルは朝方近く屋敷に戻りベットに入った
カイルの若い肉体はいつまでも飽きることなく眠りをむさぼっていた
いつからともなく、カイルは恋人と称す若い娘の側で夜を楽しみ
朝方近く自分の屋敷に帰ってくるのが日課になっていた
ただ一つ違ってる事と言えばその夜過ごした相手が次の日は別の誰に変わってることであった
カイルは恋人の側で眠る事はなかった
愛し合った後もなぜか安らぎを覚える事が出来なかったのだ
それがなぜなのかはっきりとした理由は今のカイルには判らなかった
恋人達の時間が過ぎると、横で寝息をたててる姫君を残しそっと部屋を出て、屋敷へと向った
「そろそろ妃の一人でも持ったらどうだ」
最近の皇帝のカイルへの関心はここであった
皇帝だけでなく、国中の貴族、カイルの恋人達の関心ごとといってもよかった
「いやなかなか美しい姫君が多く一人にしぼれないのです」
この疑問が投げかけられると、いつもそう笑って返事して受け流すカイルであった
ほとんどのカイルの兄弟達は、正妃に側室数人を持ち次期皇帝とも噂されるカイルに
娘を嫁がせようとする貴族も多かった
娘達の中にはカイルの恋人になるために日夜身体に磨きをかけるものも少なくなかった
恋人になることが妃へなることへの近道でもあったのだから
カイルに夢中になる女性は日に日に増えていくような状態であったが
当の本人は誰一人として女性にのめりこむことなく平等にそして冷静に愛した
「昨日はどちらでお過ごしになられたのですか?」
そう切り出しキックリはカイルの世話に取り掛かっていた
「ギャゼル姫のところだ」
顔を洗いながらカイルは答えた
「まだお妃候補は見つかりませんか?」
「幾人かは考えているんだが今ひとつの決め手がわからぬ」
キックリからタオルを受け取りながらカイルは答えた
カイルは自分の妃となりうる人物にある条件を決めていた
その事を知っているのはカイルの側近数人であったろう
いずれ私は帝位につく
だから私は私の正妃になるものに厳しい要求をするだろう
人の上に立つ器量、自戒心、自制心、その他に多くのことを・・・・。
そのかわりわたしは側室を持たぬ
生涯その正妃一人を愛しぬこう
これがナキアのタワナアンナの器量に疑いを持った時からの
カイルの自分の妃になりうるものへの考えの全貌であった
「なかなか御めがねにかなう愛しぬける姫君は表れないという訳ですね」
キックリはそうポツリと言った
キックリは早くカイルのいつも研ぎ澄まされた神経の安らげる居場所が見つかる事を望んでいた
それがいかに難しく困難である事かはカイル自身が感じていたのかもしれない
そんなカイルの目の前に突然、偶然の出会いが待っていたのはそれから幾日もたたない時であった




最終章


ナキア皇太后の謀計は徐々にカイル達皇子の排除へと進められていた
その謀計の一つとしてユーリは時空を越えいけにえとしてヒッタイトに連れてこられた
皇太后の手を逃れようとしてユーリは突然カイルの目の前に飛び込んできた
皇太后の私兵に追われる異国の少女を見たとき
カイルの直感がユーリを私兵からかばう行動に働いた
そして危険が去った時少女もカイルの腕の中からはなれて行った
だがなぜかその一瞬の少女が気に掛かる自分がいた
少女が通り過ぎた後優しく風がカイルの身体を包むように感じた
その後ナキアからその少女ユーリを救い、自分の側室としてかくまい
徐々に惹かれていき、愛し合うようになる
ユーリとの最初の出会いであった




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