小説・天は赤い河のほとり

小説・天は赤い河のほとり

カッパドキア奇譚


少コミ付録に掲載されたカッパドキア奇譚を小説にしてみました


第1章

第二章

第三章

第四章

最終章




第1章


トルコ中央部 アナトリア
そのまた真ン中にカッパドキアと呼ばれる一帯がある
地上には、きのこを思わせる奇岩群が立ち並び地上を見下ろす
そして、その地面の下には、長大な地下都市が蟻の巣のようにはりめぐらされ
現在ではトルコ有数の観光地となっている。
さて、話は3400年ほどさかのぼり、紀元前14世紀
ユーリは、カッパドキアに向け一人愛馬アスランを走らせていた
すらりとして美しいむき出しの腕がアスランを操る
アスランはユーリを乗せ、風の様にかけ抜けて行く
「イシュタル」そう呼ばれるようになってどのくらい経ったのだろうか
本名鈴木夕梨、高校受験も終わり新しい学生生活が始まるはずであった
ナキア皇妃の策謀により、自分の生んだ皇子を王位に就けるため、邪魔な皇子の抹殺を目的に
選ばれ現代から古代ヒッタイトに呼び寄せられたのがすべての始まりであった
危うく生贄として殺害されるところをカイルに助けられ、カイルの側で暮らすうちに
二人がひかれあったのも、運命だったのだろう。
暁の光の中、若き皇帝ムルシリ二世の元に女神が降臨たまう
黒き髪、黒き瞳、そしてすべらかな象牙色の肌をした小柄な女神は泉より現れいでて
ヒッタイトに華のごとき栄光をもたらしたと、人々はうわさした
「うわー すごいねアスラン」
ユーリはアスランの走りを緩めた。ユーリの目の前に巨大奇岩群が、きのこの林の様に広がる
「さて町までもう少しだから頑張ろう」
ユーリはアスランに話し掛け手綱を握り締めた
そのときである、数人の男たちが小柄な少女を捕まえようと追いかけているのにユーリは気がついた
「まちやがれ」「このガキ、逃げようなんていい根性だぜ」
「やだァ はなしてよ」少女の腕を一人の男がつかみ、それを振りほどこうと少女は必死である
ユーリは少女をかばう様にアスランの体を男と少女の間に入り込ませた
「ちょっと待ってよ 」
「この娘 嫌がっているじゃないの、どういうことなの?」
男は腹立たしそうに顔をゆがめながら口を開いた
「余計な口出しをするな」
「俺達は合法的にやっているんだ」
「そのガキ、金で買われたくせに娼館を逃げ出しやがったんだ」
娼館・・・?ユーリは信じられなかった
金と引き換えに男たちの相手をする女性がいるそんな場所に10歳ほどにしか見えない幼い少女がいる事が
ユーリには信じられなかった
「本当なの」 少女は戸惑いながらもかすかに小さくうなずいた
肩を振るわせ、おびえる少女の姿はユーリを同情させるには十分であった
「わかったらどきな」「さあこっちに来い」
男たちは勝ち誇った様に少女の腕に手を伸ばした
「あなたいくつ?」「じゅ・・・13」少女はアスランの後ろに隠れる様にしてそう答えた
ユーリは許せなかった
この男たちの態度も許せなかったが、幼い少女が娼館にいるという現実が・・・
ユーリは左指にはめていた金細工の指輪を抜き取り男に投げつけた
指輪にちりばめられた宝石が太陽の光に照らされキラキラと反射する
「人間に値をつけるなんて気に入らないけどそれでこの娘はあたしが引き取るよ」
「それでいいでしょ」
「お おい すげぇ指輪だぜ」「こんな上等な細工は初めてだ」
男たちの目が怪しく光った




第二章


男たちは目で合図をおくりユーリたちを取り囲み始めた
「ねぇちゃん、まだ金目のものを持っていそうだな
それによく見りゃケッコウ可愛い顔しているじゃないか」
「ああ 女の一人旅なんて感心しないな」
途中でさらわれて売り飛ばされても知らないぜ」
男たちは皮肉げな笑いを浮かべ、アスランの手綱に手をかけた
男たちの考えはすぐに察知できた
ユーリは肩から力を抜き大きく息を吐き口を開いた
「・・・そーくる?」「まーねー どうせろくな者じゃないと思ったけど」
ユーリは冷ややかな目で男たちを見渡す
次の瞬間、ユーリは少女の腕をすばやくつかみアスランの背中に引き寄せ
同時にアスランの脇腹を強く蹴り上げた
アスランは二人を乗せ男たちのあいだをすり抜け、駆け出した
「だめだよ、逃げられないよ二人乗りじゃ追いつかれちゃう」
ユーリの背中にしがみつきながら少女は後ろを振り返った
しかし追手はどんどん引き離されアスランの上げる砂埃と、蹄の音だけが響いている
この馬には羽根が生えているのかと少女は目を疑った
「何 この馬はやい」
「こいつは飛び切りの軍馬だもの」少女の不安を打ち消すようにユーリはやさしく答えた
少女の驚きは、疑問に変わっていった
「あなた何物?」突然少女の前に現れ、救いの手を差し出してくれたユーリに対し
今までの出来事をかき消す様に、興味が湧き上がってきた
男たちから逃れるために必死であった心の中の不安を吹き飛ばし
好奇心が少女の心を支配し始めていた
「わたしはユーリ この先の町に用があってね」
少女を振りかえりユーリは答えた
興味を持ったのは少女だけではなかった
持ち前の好奇心と少女の哀れな境遇がユーリを、アスランを走らせている
「それより、あなたこそ娼館を逃げ出せばただじゃすまないのはわかってたでしょうに」
少女はユーリの背中に顔を押し付けながら答えた
「それは解っているけど・・・」
「私10歳のときに娼館に買われて下働きしていたんだけど、今度客を取れといわれて・・・」
「それで逃げ出したの?」
「ちがうよ」少女はあわてて打ち消し、唇をぐっとかみしめそっとまぶたを伏せた
「娼館に買われたからにはいつかこうなるって覚悟はしてたけど
その・・・初めて客をとらされる前に生まれた村に一度帰りたかった」
「村に・・・逢いたい人がいるから・・・」
少女はそう小さくつぶやくと、ユーリにしがみつく腕にいっそう力をこめた
「ご両親?」少女に振りかえりながらユーリがたずねた
「それもあるけど、初めて好きになった人に逢いたかった」
耐えがたいほどの少女の切なさがユーリの胸にしみこんでくる
「あなた名前は?」「トゥーイ」
そう答えたとき、いつのまに追い越されたのか、二人の目の前に追っ手の姿が飛び込んできた
「いたぞ」トゥーイの瞳には絶望と無念さが、ひろがった



第三章



「しまった、まわりこまれた」
「この辺は地形知らないから不利だな」
アスランの足を止め、ユーリは、あたりを見まわした
ユーリはアスランから飛び降りると、呆然としているトゥーイを引っ張りおろし
アスランに鞭をいれ岩陰に身を潜めた
「おいでトゥーイ」「アスランにあいつらを引き付けてもらおう」
アスランは心得た様に追っ手を引き連れ遠く駆け出していった
「さあ 今のうちに隠れて、こっちへ」
戸惑うトーゥイを促す様にトゥーイの腕を取ったその瞬間
急に地面が割れ二人の姿は吸い込まれていった
かすかな光の中に映し出されたものは、人の手を借りて作られたいくつもの洞穴
そこに足を踏み入れたものを迷わす様に洞窟は口をあけていた
「ここカッパドギアの地下都市・・・?」「話には聞いていたけど・・・本当に・・・」
つい最近ユーリは、地下都市の存在を聞いたばかりである
女官から偶然に聞いたその話がユーリを宮廷から抜け出させる結果となった
「あたしここ知っている、この先に私の村があるんだ」
トゥーイは思い出した様に一点を見つめ確かめる様に一歩踏み出した
ユーリは驚きトゥーイの背中を追うように声をかけた
「トゥーイそれじゃもしかしてあなたユスラ族?」
「なんでそれを」驚いた表情のトゥーイを次の瞬間、男たちの声が現実に引き戻した
「おい穴だこの中かもしれんぞ」
男たちの足音が静けさを引き裂き二人に近づくのが感じられた
「さっきの男たちだ行こう」ユーリはその場からはなれようとトゥーイを促した
「そっちはだめ」はやるユーリを導く様にトゥーイが走り出した
ユスラ族は地下都市で暮らす少数民族である
ユマ族との争いで追われて地下はもぐった悲劇の部族の話をユーリは最近知った
その話を聞きつけ確かめるつもりで、見つからない様にそっと宮廷を抜け出したユーリである
いくつもの洞窟の中から、トゥーイは迷うことなく一つの洞窟をめがけ駆け出した
洞窟のなかほどまで進んだ時、数本の腕が二人の行くてを阻み腕をつかんだ
抵抗する二人に確かめる様にトゥーイを呼ぶ声が響いた
声のするほうに振り向いたトーゥイは信じられないといった表情で相手を見つめた
「タウト?」「本当にタウト?」
ややグリーンがかった瞳がやさしくトゥーイを見つめている
トゥーイは確かめる様にタウトの頬に手を伸ばした
トゥーイの瞳は潤み、はっきりとタウトの表情を読み取る事が出来ない
次の瞬間、どちらからともなく二人はしっかりと抱き合い再会を確かめ合った
そのまわりを数人の人々が囲み、その中にはトゥーイの両親の姿を見つける事も出来た
トゥーイはしゃぎながら偶然の再会を喜び合った
ユーリはその光景をただ呆然と見つめていた
ユーリの考えがまとまらないうちに数人の男たちがユーリに剣を向け近づく
「こいつ何物だ、この辺には見かけない部族だな」
脅すように言い寄る男たちからかばう様にトゥーイが答える
「ユーリはあたしを助けてくれたのよ、悪い人じゃないよ」
ユーリは誤解が解けたのを確認し疑問を投げかけた
「聞いていいかな?」
「あなた達はユマ族に不当に追われてここに逃げ込んだって聞いたよ」
「ナンで町の代官に訴えなかったの」
はき捨てるように一人の男が答えた
「代官?へッあんなくそったれ」
「代官はユマ族の奴らに賄賂をもらって見てみぬふりさ」
「俺達の豊かな土地をユマのやつらはそれを欲しがったのさ」
「だから俺達を追いたてこんな地下に追い込んでもまだ足りなくて男を殺し
女子供をさらっていく」
人々は次々に心の中に湧き上がる怒り悔しさを噴出した
「そんな話ハットウサには聞こえてこなかった」
ユーリは突き放されたような痛みを感じそう声を絞り出すだけが精一杯だった
「だから代官が握りとぶしたのさ、訴えたところでどうにもならない」
「八トゥサのお偉い方々にとっちゃ俺たちなんて虫けら同然だろう」
タウトは自分に言い聞かせる様に言葉を発した
「そうだよね、皇太子殿下だって若くてハンサムで有能ってうわさだけど
王宮でぬくぬく育った男に何が出来るって言うのよ」
トゥーイはユーリに追い討ちをかけるようにタウトにあいづちを送った
突然皇太子と聞いて戸惑を隠せないでいるユーリに向かい
何も感知していないトゥーイは無邪気に問いかけた
「ねっユーリあんた男の兄弟いる ?」
「いいえ姉と妹だけ・・・」思いがけないトゥーイの問いが、ユーリを現実に引き戻した
「ナンだ残念」
「あたしあんたに買われたけどあんたの女になれないじゃない」
「だから変わりにそいつの妾にと・・・」
トゥーイが言い終わらないうちにユーリの両手がやさしくトゥーイの頬を打った
「あたしはあなたを買ったつもりはないよ」
「それに突っ張ったものの言いかたはやめたほうがいい」
「ぜんぜん似合わないから」
ユーリはさとすように言葉をそえた
トゥーイは強くならねば生きられないと思っていた
売られた瞬間から自分を押し殺し大人なぶらなければ生きて行けなかった
そうしなければその境遇が受け入れられなかったのだ
ユーリの言葉は優しくトゥーイの心に染み込み、暖かくトゥーイの体を包んだ
「いたぞ!あそこだ、つかまえろ」
一瞬にしてトゥーイはからだが凍りつく様に感じた
追って達は代官までも引きつれユーリ達の目の前に迫ってきた
「代官様あいつらです、黒髪のほうが打ちの商品をさらって逃げたんだ」
ユーリは不愉快そうに言葉を振るわせた
「あの男!あたしはちゃんと代金として指輪を渡したのに!」
「代官にちゃんと説明を」
ユーリの考えを打ち消す様にトゥーイが叫んだ
「だめだって、あいつら代官に賄賂渡したんだ。ここの代官はそうゆう奴なんだよ」
ユマ族と代官との関係は火を見るより明らかである
トゥーイの心は恐怖と不安に逃げ惑った日々に逆行していく
「ナンであたし達いつも追われなきゃなんないのかな」
「なんにも悪いことしてないのに」
「4年前もこうだった」
「ユマ族に出入り口を塞がれて、地下を逃げ回って怖かった」
泣き叫ぶトゥーイを慰めるすべを知らない事がユーリには、はがゆかった
ユーリの目の前を走っていたトゥーイの姿が一瞬沈みユーリの視界から消えた
暗黙に走るトゥーイの足を暗闇がかすめ、倒れこみ二人の走りを止めた
「つかまえろ、捕まえて代官所に引っ立てるんだ」
追っ手はもうそこまで迫っていた
逃げ場を阻まれトゥーイは、恐怖から逃げる様にユーリにしがみ付いた
次の瞬間、追っ手をさえぎる様に白く透明がかった浮遊物体が二人の目の前を通りすぎ
追っ手たちを襲った
男たちは恐怖で支配され、ある者は身動きできなくなりその場に倒れこみ
動けるものは、われさきにと武器を投げ捨てその場から逃げ出した
何が目の前で起こっているのか解らず戸惑うユーリの腕をつかみ、突然トゥーイが走り出した
洞窟を駆け抜けトゥーイが目指した場所は逃げ惑う恐怖の中にわずかに残る安息の場所
ユスラ族に残された最後の生活の場であった
しかし二人の目の前に広がった風景は、トゥーイの心に残るわずかな幸福感を打ち消すのに十分な影を落とした
そこにはいくつもの白骨化した死体が剣を握り締めユスラ族の無念さを示す様に横たわる
そのうちの一体に見覚えのある腕輪をトゥーイは見つけ座り込み泣き伏した
「お父さん、お母さん逢いたくて帰ってきたの、もう一度姿見せてよ」
ユーリはようやく何もかものみこめた
トゥーイの危惧を察知しユスラ族は幻となって姿をあらわしたのか、それとも
ユーリが偶然トゥーイと出会ったのもユスラ族の無念さのあらわれだったのかもしれない
ユーリは自分の力のなさを思い知らされ、憤慨する痛みを押さえる事が出来なかった
「ここがユスラ族が滅びた場所だね」
「ユスラ族は4年前この場所でユマ族に皆殺しにされた」
「ほんの少数の女子供だけが連れ去られ奴隷として売られていった」
トゥーイに確かめる様に悲痛な面持ちでユーリは言葉を続けた
「なんでそんな事を?」
ユスラ族以外知る事のない悲惨な出来事をなぜユーリが知っているのかトゥーイは不思議であった
「最近来た女官がやはりユスラ族の生き残りでね」
「女官」トゥーイはますます解らなくなり戸惑いを覚えた
「遅くなってごめん」
ユーリは何も気づく事が出来ず、救う事の出来なかった悔しさが胸に込み上げる
その後悔の念を振り切る様にユーリは行動を起こした
「さて、確か私達を代官所に連れて行くっていってたね、連れていってもらおうか」
もともとそのつもりでここまでアスランを走らせたユーリである
魂を抜かれて呆けたように座りこんでいる男たちをたたき起こすと
ユーリ達は代官所を目指した




第四章


町並みを抜けるとその奥に代官所はあった
勝手した様に代官所の門を男たちはくぐっていく
男たちは代官の前にたどり着くと、打ち合わせでもしていた様にひざまずき自分たちの正しさを主張した
「そうです、娼館から逃走したトゥーイを俺達が優しく説得していたら
いきなりそのユーリという娘があらわれて連れ去ったのです」
一段高いところの椅子に腰掛け、うなずきながら代官は強欲な表情をのぞかせた
「そうか、それはまったくの法律違反だ
「罰としてトゥーイともどもユーリもおまえ達に払い下げよう」
代官は心得た様に形だけの受け答えを行った
白々しく写るそのやり取りに、ユーリは怒りを隠す事が出来なかった
「まったく、いったいいくら賄賂をもらったのよ代官様」
「その調子でユスラ族が殺されるのを黙認したんだね、それこそ法律違反
代官として最低!」
仁王立ちに腕組みをし代官達を見下す様にユーリは言い放った
「な・・・なんだと!」 今まで地位と権限だけで町を支配していた代官は自分を恐れもせず罵声を浴びせ掛けられ
思いもかけない反撃に面くらい、それと同時に怒りに身を振るわせた
「ユーリまずいよそんなこと言っちゃ!」
二人のやり取りをユーリの横でひざまずき聞いていたトゥーイは
青ざめた表情で、ユーリの服のすそを引っ張りひざまずく様促した
そんなトゥーイにお構いなく突き放す様にユーリはトゥーイに向かって言った
「あたしはこーゆー男は大嫌いなの」
「無礼者!」「死刑だ!すぐに縛り首だ」
代官は椅子を倒す様に立ち上がるとユーリにつかみ掛かるような剣幕で迫った
「申し上げます」
その時慌てた様子で門番が二人の間を割って入ってきた
「後にしろ、この女の処分が先だ!」
門番は戸惑いながらも言葉を続けた
「ですが、たった今首都ハットゥサから皇太子殿下がご到着にございます」
門番の言葉に周りからも戸惑いと、どよめきが起こった
「なに!皇太子殿下が、なんで殿下がこんなところに」
ユーリに対する代官の怒りも忘れ、会うことも許されぬ高貴な人物の突然の出現に
代官の思考回路は留まってしまったようであった
慌てたのは代官だけではなかった
ユーリもまた代官とは違った意味での思わぬ状況の変化に慌てた一人である
「ゲーやば」
ユーリはその場から逃げ出したい衝動にかられていた
宮廷を抜け出したときは、しばらくして何事もなかった様に帰り素直に謝るつもりであった
こんなおうげさになっているとは思いもよらぬユーリであった
「皇太子殿下のおなりでございます」
その声につられる様に代官達はひれ伏した
「皇太子デイル・ムワタリ殿下にございます」
緩やかに黒髪をなびかせ、まだかすかにあどけなさを残す表情とはうらはらに知性を秘めた
黒色の瞳を持った少年が二人の側近を伴い姿をあらわした
「これは皇太子殿下にはこのような場所にお越しとは」
「ご用なら私メが・・・」
代官はさっきの態度とはうってかわり擦り寄る様に猫なで声で愛想を振りまいた
「本当だよ」「初めっから代官に出頭命令を出せばことは済んだのに」
「誰かさんが無茶するから」
そういうとあきれたようにユーリに視線を投げかけた
「はーい〜デイル」 ユーリはいたずらを見つけられた子供が甘える様にデイルに答えた
「はーいじゃありません」
「王宮でみんながどれほど心配してると思っているんですか!」
「父様は相変わらずあなたがいなくちゃ夜も昼も明けないし」
「イル・バーニ元老院議長は政務が進まないって愚痴っているし」
「キックリ馬事総監が馬屋からアスラン3世がいなくなっているて言うから」
「どうせこんな事だろうと僕が来たんです」
「分かっているんですか!母様」
デイルは責める様にそう言うとユーリの顔をのぞき込んだ
その皇太子の言葉にトゥーイは驚きを隠せなかった
「無礼者!みな下がれ」「皇妃陛下でいらっしゃるぞ」
明るい栗毛の巻き髪を持つ双子の側近は声をそろえ力強く言い放った
「こちらの方は現皇帝ムルシリ二世陛下のただ一人のお妃でご正妃
タワナアンナ ユーリ・イシュタル様である」
代官は信じられなかった、目の前に立っている年若く小娘にしか見えないユーリが
10年以上皇妃の地位にある国民が女神と崇めるイシュタルとは
その疑問に答える様に双子の一人が付け加え答えた
「今年12歳になられる皇太子殿下をはじめ、第二皇子ピア・ハスパスルピ殿下
第一皇女マリエ・イナンナ殿下、第三皇子シン・ハットゥシリ殿下4人の御子の母君であられるが
ご側室として陛下の側に上がられたころとお変わりのないばけもの・・・いえ奇跡のお方でいらっしゃる」
言いすぎたと後悔した双子の頭にユーリのゲンコツがかすめとんだ
「デイル」「ユスラ族に害したユマ族は捕らえたの?」気を取り直したユーリはデイルに問うた
「はい! 父様の、皇帝陛下のご命令ですでに全員ハットゥサに連行されております」
「双子たち、代官とそっちの男どももハットゥサに」
観念した様に逆らう事もなくすごすごと代官と男たちは双子に連れられていった
ユーリは驚きの表情で立ちすくむトゥーイに優しく愛情を注ぐ様に声をかけた
「トゥーイ、これであなたの悲しみと苦労が消えるわけじゃないけど
ユマ族と代官は皇帝陛下がきっと厳しく罰してくださるでしょう
それで我慢してもらえないかな」
ユーリの優しさはトゥーイの心をふるわした、今までの苦しみからトゥーイを開放させる様に心に
ユーリの優しさがしみこんできた
トゥーイはあふれる涙をぬぐう事も忘れユーリを見つめ、感謝を込めて皇妃陛下とユーリを呼んだ
「ユーリでいいよ、そう言えばトゥーイ、あなたあたしの血縁ならどうたら言ってたよね」
「こんなのどう?」デイルを指差し軽くユーリはウインクした
「王宮育ちだけど、あたしビシバシ育てたから」
そう言われうつむく二人の頬は赤らみ、まわりは和やかな空気に包まれていった




最終章


王宮に戻ったユーリを待ちかねたようにカイルは抱きしめた
ごめんなさい、そう言い終わらぬうちにカイルの唇がユーリの唇をふさぐ
めくるめくほどに強引なくちづけはカイルがどれほどユーりの身を案じていたか語るには十分であった
「おまえの事だから心配はしていないが無茶はするな」
カイルはユーリの黒髪に指を絡ませながら耳元でささやく様につぶやく
「突然おまえがいなくなると、何もてにつかなくなる」
麝香の香りが甘く漂いユーリの感性を刺激する
「私に黙って私の側を離れる事は許さない」
そう言うと情熱的に力強くユーリを抱きしめる腕に力をこめ再度くちづけを交わし
夜は静かにふけていった

アナトリア、その真中にカッパドキアと呼ばれる一帯がある
幻想的な奇岩群のほかにカイマクル・デンリユク・オズコナークなどの地下都市が発見され
現在ではトルコ有数の観光地となっている
しかしその地下には数多くの都市が未発見のまま、今も眠りについている




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