本稿は宮崎歯科福祉センターで行われた宮崎市総合発達支援センター主任臨床心理士の鮫島奈緒美先生の講演をまとめたもので、鮫島先生の許可を頂きここに公開致します。



発 達 障 害 の 特 性 と 歯 科 治 療



障害の『三つ組』と歯科治療上の問題
自閉症を始めとするいわゆる広汎性発達障害(自閉症スペクトル障害)とは障害の『三つ組』を様々な程度で示します。その障害の『三つ組』とは1. 対人関係、2. コミュニケーション、3. 想像力の障害です。
ここではこの障害の『三つ組』による歯科治療上の問題を一つずつ見ていきます。


1. 対人関係:共感的な関係を結ぶことが難しい
具体的には『頑張ってね!』などの励ましや慰めなどが通じない、また治療の説明に耳を傾けないといった問題があります。


2. コミュニケーション:『ことば』などの手段がうまく使えない
高機能自閉症やアスペルガーの子どもは一見『ことば』を言っているように思われます。しかし、実際はその『ことば』の意味をきちんとイメージできていないことも多く、そのため相手に分かるように伝えられない、など『ことば』が当てにならないといった問題があり、コミュニケーションがうまく出来ないところは皆共通しています。そしてその結果、パニックに陥ったり術者に悪態をつく(強烈メッセージ)こともあります。


3. 想像力:これから起こることが予測できない
これから起こることが予測できないが故に例えば、初めての建物に入れない、初めて経験することに強い不安不安がある、医療的な処置に恐怖が強い、などといった不安や恐怖が強かったり、また過去のイヤな体験をひきずることもあります。



感覚の偏り
広汎性発達障害の一番大きな問題として『感覚の偏り』ということが挙げられます。私どもはこの感覚の偏りのことを『増幅・縮小フィルター』と呼んでいます。
この『増幅フィルター』とは、例えば音なら補聴器をした感じ、視力の正常な人がものすごく度の強いメガネをかけた感じで、外から入ってくる感覚が異常に増幅されて感じることを言います。この増幅フィルターがあるとどうなるかというと、診療では機械の音がイヤ、触られるのがイヤ、痛がり、臭いがイヤ、抑えられる感じがイヤなどというようになります。つまり本人さんはこの『増幅フィルター』により私たちが予測する以上の不安や恐怖を示します。

一方『縮小フィルター』とは逆に、例えば音なら耳栓をした感じで極端に縮小されて感じることを言います。『縮小フィルター』があると、刺激が強くないと感じることができないので、いつも身体を動かしている、大きな声を出す、大きな音でも平気、よじ登る、飛び降りる、くるくる回る、物をつまむ、はがす、何かに触る、人にくっつくなど、このようにして感覚刺激を入れようとしています。ですからこの『縮小フィルター』はどちらかというと多動の子どもに多く見られます。しかし子どもによってはある刺激は増幅だが、ある刺激は縮小ということもあります。



広汎性発達障害の幅広さ
広汎性発達障害は知的障害が重く明らかに自閉症と分かるケースは少なく、それよりも知的な能力の高いケース、症状が軽微なケースの方が多く、一見するとただの『わがまま坊主』『きかん坊』『しつけの悪い子』に見えますが、これらは決して親のしつけが悪いとかいうことではありません。そしてこの広汎性発達障害はいくつかの特性があるのでこれをうまく治療に利用することが大事になってきます。

治療に利用できる特性
1.視覚認知のよさ
画像が第一言語
何をどれだけすれば終わるかを絵、写真、文字などにして示すと本人さんには見通しが持て分かりやすくなります。


2.シングルフォーカス
好きなことに焦点が当たっていると他が見えなくなるので、この特性を利用し診療室に本人の好きな物を用意あるいは持ってきてもらいます。これで治療から気をそらすことでやり過ごすことができる場合があります。


3.元気玉
水遊びや砂遊び、絵本を読むなど本人が思ったことや目的をもったことについては大きなエネルギーを注ぎ込み、とてもがんばります。やり遂げて次のことに移らないとすっきりしません。エネルギーの元気玉を常に使いきりたいと思っています。
同じように治療に目的ををもたせるようにします。治療の目的そのものを分かりやすく説明することも一つですが、むずかしい場合は例えば、治療が終わったら好きな所(exマクドナルド)に行くなどのように、ご褒美をうまく使うのも効果的です。



治療上の留意点
1.予告をしっかり行い、調子がよくても予告外のことまでしない
2.診療室に入る、先生と握手、診療台に座るなどのスモールステップを踏む
3.強烈メッセージに応酬せず(この裏にある気持ちをくみ取りながら)淡々と対応する
4.できたときは思いっきり誉める
5.プライドを傷つけない
6.保護者とよく話し合って方針を決める(これからどんな治療をしていくのか親御さんにその流れを知ってもらう)


パニックが起こったら
起こさないようにするのが基本ですが、パニックを起こしているときは新しい刺激をもう受け入れられない状態なので、話しかけたりするとかえって良くなくパニックを長引かせるだけなので、原因を取り除くか刺激の少ない所に連れて行き落ち着くのを待つようにして下さい。








や さ き 歯 科 
Miyazaki Conference for Promoting Community Health Activity