おねつでた〜
 今日は土曜日で明るい朝です。
 空気はピリッと冷たいものの、お向かいさんの塀には色とりどりの花が、朝日を受けて
春を告げています。
 とりわけ、ピンク色のキンギョソウはみずみずしく鮮やかで、寄り添った花たちは春の陽
に向かって歌を歌っているかのようです。
 小さな背丈に鮮やかなピンク色、みずみずしくて可愛くて・・・そう〜まるでこだまちゃん!
こだまちゃんが精一杯お口を開けて、大きな声で歌っているかのようです。
 春の歌でしょうか?「春よこい はやくこい」

いつものようにお向かいさんの
お手入れが始まりました。
バケツとホーキとちり取り、
お手入れ三種の神器と言えそうな
毎度の道具を路地に置き、花の
一つ一つを眺めながら、時には
大きな手を花びらに添えたりして、
ゆっくりゆっくり隅から隅まで眺め
て行きます。
 枯れた花びらを取り除き落ちた
葉っぱを拾いバケツに入れています。
 大きな手はいかにも不器用そうで、花びらに触れる指先はこわごわ動きます。
 これもいつもの光景ですが、そんな様子が朝の日差しをいっそう暖かく感じさせてくれます。
 そうしている内に、路地の端っこからこがまちゃんがやって来ました。
 「お・は・よ〜」こちらに近づいてきました。お向かいさんは手を止めてこだまちゃんを待って
います。花の手入れをするときより、もっと優しい目になって顔がいっそうほころんで見えました。
 「おはよう〜こだまちゃん、はやいね〜」「ウン! あのねゆうべおねつでたの」「それでね、
ママがビョーインに行くって言った」「おーそうかい」「だからね、お手伝いが出来ないの」
「ウ〜ン そうかい」
 今度はこちらにやってきて「おねつでた〜」黒い瞳で見上げながら教えてくれました。
 かがんでこだまちゃんの瞳を覗くと、目元にうっすら赤みが差して黒い瞳が湿っています。
くちびるも真っ赤、ほっぺも真っ赤です。「ホントだ〜 こだまちゃんはおねつですよ」「ウン」
「のどいた〜い」あーんと開けたお口の中はのどが真っ赤に腫れています。「あらら〜 大変
だ〜」 こだまちゃんはじっと目を見て、ふわふわっとまつげを動かし、そのまましょんぼりと
伏せてしまいました。そこに朝露がこぼれたように、光って見えたのは気のせいでしょうか?
 こだまちゃんはママと近くの小児科に行きました。
 それからずっと、もう次の土曜日がやってきたというのに、こだまちゃんの姿がありません。
 そんな路地は冬の逆戻りで冷たい1週間となりました。

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