ノスタルジー(モノトーンの思い出)

 今は、一眼レフのデジカメをひっさげて旅先でパチリ、パチリとやっている私ですが、
初めて自分のカメラを持ったのは中2の頃でした。安月給の子だくさん(3人)だった
父が、何を思ったか修学旅行を前にした私のためにオリンパスのカメラを買ってくれた
のです。たしか1万円前後だったと思います。60年代後半の貨幣価値を考えると
今持っているEOSのKissより遥かに高価でした。当時はやっていた36枚撮りの
フィルムで72枚撮影可能なお得な(?)ハーフサイズの
カメラでした。

 距離・シャッター速度・絞りを合わせ、はやる心でファインダーをのぞき、シャッターの
金属音を聞くときの快感は
今も鮮烈に覚えています。しばらくしてからカラーフィルムを
使うようになり、全自動で撮れるようになり、更にはデジタルへとカメラは進化しましたが、
フィルムの白黒写真のほうが、より鮮やかな思い出として心に残っているから不思議ですね。

 夢中で撮った写真の多くはピンボケや変な構図のものばかりでしたが、何とかモノになった
ものの中に、妙にシュールな仕上がりになっているものもあるような・・・・・・

 こうして撮った青春時代の
ショットに加え、私や妻の実家に残っていた白黒写真を
このコーナーにあげてみました。私にとってノスタルジーを誘うものばかりです。

 
 妹と弟(昭和41年?)    バスガイドさん
     
  
 幼いころの母とその家族(昭和12年ころ)  母に抱かれて/中央(昭和27年)
   
  
 神武大祭(昭和30年代)  赤江飛行場(現宮崎空港/昭和30年代)
   
 
          発電所の夜景(昭和41年?)
 
      母方祖父・父方祖母・妹そして私(昭和30年頃)
  
 
高校でのキャンプ(昭和42年)
 父と私(昭和30年頃)  
  
   
 シャンシャン馬(昭和30年代?)  ピアノの前の少女    弓に夢中だった高校の頃 
      
 
父が連れて行ってくれた赤江飛行場  双眼鏡オタクだった幼稚園の頃
  
  手作りラジオにはまった中学の頃
 バスガイドさん2  
  
 
 実験に明け暮れた大学の頃  宮崎市橘通商店街の年末大売出し(昭和40年前後)
  
     
友と・・・  若き日の叔母と  妻の父と母
      
ボーイスカウト(中3)  夏祭り(小4)  体育祭(高3)  運動会(幼・年長)
       
母と私(0歳数か月)   母と私(4歳?)  母と私(中2) 母と私(高3) 
      
 
 昭和の家  こどものくに