旅先のつぶやき

■宵待草に寄せて
 (夢二が描いたあなたへ)
  
■フツウの毎日
 (追想:学生実習の頃)
出ぬ月を待ったあなたは
いま どうしてますか?

来ぬ人に焦がれたあなたは
まだ そこに居ますか?

瞳をくもらせ、立ちつくし
待って・・・・・待ち続けて・・・・・

凍てつく心にわずかな火をともし
待って・・・・・待ち暮らして・・・・・


あなたはこれからも
遠くを見つめたままですか?

未来永劫・・・・・
かの人に逢えぬことを知りつつ

あの笑顔は健在ですか
桜色の頬は
そのままですか
一心に見つめる瞳は
君の あの瞳は
変わらずに涼やかですか

君は・・・ 
今どうしてますか

僕は・・・
フツウの毎日です

■旅愁1(幼き日に)

規則正しいレールの音に
胸をはずませながら
 
隣の席の母に
尋ねたことがあった

 「ねえ、この汽車は
アメリカまで行くの?」

■学生実習の頃


■旅愁2(ひとり旅)

各駅停車のローカル線
 次々と過ぎていく川、田んぼ、
そして赤い屋根・・・・・・
    
見知らぬ景色なのに
切ないほど なつかしい
 
隣の女子高生たちの
地元言葉を聞きながら
 冷たい缶ビールを
ぐびり、 また ぐびり

 ほろ酔い気分のまま
  いつのまにか
夢うつつに・・・
 
遠い町 
初めての“ふるさと”をひとり旅


白衣の袖からのびた細い指が
右に左に試験管を揺する

琥珀色の液体に
待ちわびた
針状結晶が浮かび来る

一心に見つめる涼やかな瞳

固く結んだ唇がほどけて
小さな歯が白くこぼれる

化粧っ気のないほほが桜色に上気し
無造作にまとめた髪の後れ毛が
君の・・・
一つだけほくろがある
左の耳にかかる

・・・・・・・・・・・・・・・・

「ねえ、析出の時間を記録した?」

突然の君のまなざしに
僕はあわてて視線を記録紙に落とす

いつもの午後の実験室のひととき





■諸塚の夜空に抱かれて


山から山にかかるMILKY WAY
漆黒の大気を走るMILKY WAY


あっ 星が・・・・・流れた・・・・・


私の内なる祖先(おや)たちの心が
ふるさとの星々と語り合う夜



■引っ越した夜に

■始発電車の情景

朝焼けの中を
チンチン電車が走る

よどんだ一団を乗せて
チンチン電車が走る

眠りをむさぼる酔いどれ中年
吐いたタバコの煙を目で追う酒場女
車の軋みに割って入る犬の遠吠え

君を思い出してる俺は
身じろぎもせずに俺は

・・・・・・・・

「前方よし」
運転手のけだるい声に
せき立てられながら
チンチン電車が走る

昨夜のアンニュイを積んだまま
チンチン電車が走る

朝焼けの中を
チンチン電車が走る

おーい 満天の星たちよ

俺が立っているベランダは
お前たちを見上げているベランダは
正真正銘 俺のものだ

まだ砂利だらけだが
決して広くはないが
この庭も正真正銘 俺のものだ

「家なんて」とうそぶいてた俺が
50近くにもなって
やっと手に入れた家だ

小市民的でもいい
マイホーム主義いいじゃないか

見えるか 星たちよ

(ちょっと気恥ずかしい気もするが)
これが これが 俺の家だぞー

・・・・・まだローンは、これからだけどな
■人工呼吸器
「つけないと あとわずかの命です」
主治医が事務的に説明を始める
「つけても植物状態のままです」
・・・・・・・・・・
「どうしますか?」
・・・・・・・・・・
昏々と眠る父の規則正しいいびきの音
そんな父をただじっと見つめる母
部屋の空気が岩になる
“父さん どうする?”
“父さん 教えて!”
“どうする? どうする? 父さん”
・・・・・・・・・・・・
俺の渇いた口から漏れたのは
主治医以上に事務的なこたえ

「つけずに・・自然に・・お願いします」
“父さん 決めたよ 
これでいいよね”

・・・・・・・・・・
“父さん これでいいよね”
・・・・・・・・・・
“これでいいよね”
・・・・・・・・・・
“いいよね?”

・・・・・・・・・・
“ホントにいい?・・・・・”
■ハンセン病療養所にて  

納骨堂の扉が軋んで開く

私に注がれるおおぜいの視線
私の耳を打つ音のないどよめき
小さく白い骨壺たちの叫び・・・

(知っているか 俺たちのことを)

親がつけてくれた名前を奪われ
ふるさとを追われた・・・・

(知っているか 俺たちのことを)

逢えなかった肉親を、友を想い
果たせなかった夢を想う・・・・

(知っているか 俺たちのことを)

遠い過去の過ちだと?
世の中は変わっただと?

俺たちには 分かってるぞ
口先だけのお前の心に・・・

異形の者として 異質の者として
俺たちを切り捨ててきた
あの時の黒い情念が
そのまんま 息づいていることを

(知っているか 俺たちのことを)

小さな骨壺の中で
今はもう無い
身と心を震わせる俺たちのことを


■くもったガラス箱

まだ日は高い4畳半
空になったウィスキーの瓶は倒れ
灰皿にはモクの山


「三島由紀夫が死んだ・・・
俺判るよ何となく」
トロンとした目でつぶやくY


「何言ってんだヨ ナンセンス!」
ヤニ臭い息を
やたら吹きかけてわめくM


俺はただ切れかけている蛍光灯を
眺めるだけ


俺たち【自由】で【解放】されてんだよナ?


さあ、夜だぜ
【自由】な俺たちは何をする?
【解放】された俺たちはどこへ行く?

雀荘か・・・パチンコか・・・屋台か・・・・





■生まれてくれて
妻の横で
小さなベッドで
まばたきもしないで
僕をじっと見つめている
この世にやって来たばかりの君・・・

「お姫様ですよ」
ホッとしたような看護婦の声

「へその緒を首に巻いてましたが・・・」

医師の声があとに続く

「今はこのとおり」

いきなり
自分の指を君に握らせ、
無造作に持ち上げる医師

(アッ 危ない!)
でも君は難なく握りしめる
両の手を誇らしげに伸ばし
力強く ぶら下がる

・・・・・・・・

やっと会えたね 君

僕の娘に生まれてくれてありがとう


■君の・・・

■おとしにかじめちょけ
(ポケットにしまっておけ)

「おとしに かじめちょけ」
ばあちゃんが俺に
小遣いをくれるときの口ぐせ
わずかばかりの年金をためた菓子箱を
奥の部屋から持ってくる

「おとしに かじめちょけ」

もらう金が
10円から100円、
そして千円から1万円と変わっても

「おとしに かじめちょけ」

ばあちゃんの口ぐせは変わらない





その何げない笑顔の奥に
息子三人をいくさで奪われた悲しみと
はいずり回るような
貧困の苦しみがあったとは・・・・・


何も知らず平和な時代に生まれた孫に
思い出したようにたずねてくる孫に
もう30にもなった孫に


「おとしに かじめちょけ」


ばあちゃんは今日も
菓子箱を抱えて出てくる


白いかっぽう着と

右の頬にできるエクボが

・・・・・・・・・・

俺は好きだ






■旅愁3(夕焼け)
■旅愁4(月夜のバス)

わずかに開いた
バスの窓から        
潮の匂いが忍び込む         

北国の満月が              
こぼれた墨のような             
海を照らし出す                

家ひとつない
波打ちぎわの道  
くねくねと走り続ける
最終バス

ボンヤリと、
さっき見た
祭りの様が
心に浮かぶ
夕闇に揺れる
飾りちょうちんの波  
山車を引く
子どもたちのかけ声

・・・・・・・

「右に見える
白っぽい光は
イカ釣り船」
 「あの遠くの
オレンジ色は
北海道のあかり」

気のいい運転手の
説明に          
ふと我に返る私

次のバス停が
大間崎・・・・・
本州最北端の
みなと町





電車が来ない
なかなか来ない・・・・・・

旅先の北国の
忘れ去られたような小さな駅

のんびりとタバコをくわえる
行商のおばあさん

缶ビール片手に
リュックに寄りかかる俺

悟りすました顔で
ベンチの下に寝そべる野良猫

二人と一匹の
一番ホームを
みちのくの秋風が
足早に駆け抜ける

空一面の夕焼けが
駅舎の屋根と
線路沿いの並木の影を
長く、長く、はっとするほど長く刻む

この夕焼けは・・・
ずっと前・・・
誰かと手をつないで
眺めたような・・・
遠い日の・・・

デジャブ状態の頭を
冷たいビールがふっと醒ます

電車は、まだ来ない

■旅愁5(長湯)
■仲間たちよ

仲間たちよ
共に働く 仲間たちよ

理想と現実の狭間で悩み
片づかぬ仕事にタメ息をつき
クレーマーに頭を下げ続ける
俺なのだが

残業して深夜に帰るとき
すれ違う酔客に 
八つ当たりの怒りを感じてしまう
俺なのだが

同じ思いの君たちに
ケンカごしの議論を
仕掛けることもある
俺なのだが

仲間たちよ

君たちと働ける幸せが 
ただ、ただ 有り難い
俺なのだ


夕方始まった宴会のざわめきも
ようやく鳴りやんだ

あだたら山の麓の
かけ流しの露天風呂の中で
ひとり呆けたように横たわる私
そんな私を
裸電球だけが見つめてる

ふと見上げると
静まりかえった天上の闇から
突然の白いものが・・・

雪・・・・・・?  雪だ!

上気した顔に
ポツリまたポツリと冷たい刺激

首から下を包む温かさとの  
これはまた
何と心地よいコントラストだろう

あがろうと思ったけれど
旅先の長湯をもう少し・・・