<自分の制限を知れ>
レッスンのあと、ブルース・リーとロスのダウンタウンで中国式の朝食をとっていたときのことだ。
私は自分が悩んでいることを、彼に相談するいい機会だと思った。
45歳という年齢で、ジー・クン・ドー(ブルース・リーの創始した武術)の本物の動きを身につけるには年を取りすぎていて、体も固くなっていると。
「自分自身の制限を受け入れる準備ができていないかぎり、何も新しいことは学ぶことができません」
これがブルースの答えだった。
「あなたはある方面において能力があり、別の方面では制限があるという事実を受け入れなければなりません。あなたが今持っている能力を伸ばすことを考えるべきです」
「でも10年前には、私は頭上まで簡単に蹴ることができたんです」
私は言った。
「今は高く蹴るために、30分は柔軟体操をしないといけません」
ブルースは箸を置いて、両ひざを手で軽く握って、私に微笑みながら言った。
「それは10年前の話です」
彼は静かに言った。
「今はその時より年齢を重ねて、あなたの体は変化したのです。誰にも乗り越えなければならない、肉体的な制限というものがあるのです」
「あなたのような人は簡単にそういえるだろうけれど」
私は答えた。
「生まれつき、武術家としての能力に恵まれているのだから」
ブルースは笑った。
「ほとんどの人が知らない、私の秘密を教えましょう。私は自分の致命的な制限にもかかわらず、武術家になったんですよ」
私はショックを受けた。
私が見たところ、ブルースは完璧な肉体的見本であり、本人にもそう言ったからだ。
「あなたはたぶん気づいていないでしょうが」
彼は言った。
「私の右足は、左足よりも3センチほど短いんですよ。その事実が、私にとって最良の構えを作らせたのです。つまり、左足のリードで攻防を行うスタイルです。右足のほうが短く不揃いであるために、私はある種の蹴り技に有利で、より大きな力が出せることに気がついたのです」
「それに、私はコンタクト・レンズをつけているんですよ。子どもの頃から近眼で、よほど近づかないかぎり、相手の様子が見えないんです。それで私は、自分にとって理想的なインファイト(接近しての戦い)の技術を学び始めたのです」
「私は自分の制限をあるがままに受け入れ、それを利用したのです。そしてそれこそ、あなたが今やるべきことです。長時間のウォーミング・アップをしないと頭の上まで蹴れないと言いますが、本質的な質問は、本当にそんなに高く蹴る必要があるのか?ということです。最近まで、武術家たちはめったにヒザより上を蹴ることはありませんでした。頭の上を蹴るのは、ほとんどショーみたいなものです。だから、あなたは中段への蹴りを完成させなさい。そうすれば、上段を蹴る必要がなくなるくらい、それは脅威になるでしょう」
「すべてをうまくやる代わりに、自分ができることを完璧に仕上げるべきです。ほとんどの武術家は何百もの技や動きを身につけるために何年も費やしますが、実際の闘いにおいては、チャンピオンはほんの4つか5つの技だけをくり返し用いているものです。それらの技こそ、彼が完成させ、頼れるものなのです」
私はさらに反論した。
「でも、私の本当の戦いは、老いによる肉体的な衰えなのだという事実に変わりはありません」
「45歳のあなたと、20歳や30歳の頃の自分と比べるのはやめなさい」
ブルースは答えた。
「過去は幻なのです。現実を生きて、今のあなたを受け入れることを学びなさい。体の柔軟性とスピードに欠けている部分を、知識と継続的な修練で補うことです」
それから数ヶ月の間、私は頭上を蹴るための柔軟体操に時間を費やす代わりに、ブルースさえ満足させるまで、中段への蹴りを鍛えた。
そして1965年のある日、彼は香港へ旅立つ前に別れを言うため、私の家に立ち寄った。
映画の世界でトップをめざすつもりだ、と言っていた。
「制限について話したことを覚えていますか?」
と彼が聞いてきた。
「私は体が小さく、英語がうまくないし、中国人だという制限から逃れられません。でも私はこの3年間、映画について研究を重ねて、質の高い武術映画を作る時期が来たと思っています。そして私こそ、最も適した俳優であると。能力は、制限に勝るのです」
ブルースの能力は確かに、彼の制限に勝った。
そして彼の若き死の日まで、彼は映画界の偉大なスターの一人だった。
彼の経歴は、その教えの完璧な実例だった。
私たちが自分の長所を見つけてそれを伸ばせば、いずれ弱点を乗り越えることができるのだという。
(訳:中元康夫)
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つぶやき:
私の愛読書の1冊に、「ZEN IN THE MARTIAL ARTS
(武術の中の禅)」という本がある。
作者のJoe Hyamsは アメリカ人のライターで、1960年前後にブルース・リーに拳法の個人レッスンを受けていた人だ。
その中に「KNOW YOUR LIMITS(自分の制限を知れ)」という文章があり、感銘を受けてくり返し読んでいる。
私自身にも、格闘技を含んだ武道をやっていく上で、いくつかの致命的な限界がある。
それは肉体的・精神的なものであり、もちろん年齢的なことでもあり、誤った練習法によるケガなどもある。
どうせ限界が見えているのだから、もうこのあたりでやめてしまおうかな、と思ったこともある。
しかしこの文章を読んで、私はかなり考え方を変えた。
自分の制限や限界を感じながら武道の修練を続けている、同志であるみなさんに、何らかの参考になれば幸いである。
なお、この「ZEN IN THE MARTIAL ARTS」には、他にもすぐれた内容の文章ばかりなので、英語でも頑張って読んでみようという方には、強くお勧めする。
なお、世界の格闘家たちに今なお絶大な影響を与えつづけているブルース・リーは、身長がわずか170センチだったという。
(2004/1/11)