<賢(かしこ)バカ>
―毎日、行とはいえ早朝に起きるのは辛くないですか?
「目が覚めたらすぐに体を起こして、動いちゃえばいいんだから。
10分もすれば頭も体も動いてくるわな。
何も難しいことじゃない」
「みなさんは頭が良いから、目が覚めても、昨晩は遅かったし、あと5分は眠れるかなぁ、なんて考えるでしょ。
そんなこと考えないで、先ず起きてしまうんだよ」
「起きられんのは体じゃなくて、頭から先に動かしている証拠だな。
うちの老僧は、そういう人間のことを“賢バカ”と、言うてたな(笑)。」
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「一日一生」の酒井雄哉(ゆうさい)さん、 「百楽」2009年5月号インタビューより。
お寺の住職である酒井さんは、49歳で「千日回峰行」に入り、比叡山を礼拝し続けた。
その距離4万キロは地球1周分にあたり、2回達成して延べ8万キロを歩いたのは、400年の歴史の中で酒井さんを入れて3人だという。
インタビューの中でいちばん心に残ったのが、上の「賢バカ」の話。
下手に頭で考えるから、身動きが取れなくなってしまうのだ。
頭より体のほうが、「頭がいい」のかもしれない。
まず、動く。
動きながら、考える。
考えたら、動けなくなる。
以下は、インタビューの中から抜粋した酒井さんの言葉。
本当にすごい人というのは、全然すごく見えないことが多い。
「ふつうの普通の人」と、「すごい普通の人」では大きく異なる。
「大仰に話すことなんて何もないんだよ。たいしたことぁやってないんだから」
「行をするより他にやることがなかったんだよ。本当に」
「毎日くり返しくり返し、行といったって同じことをしていただけ。
偉そうなことを言ったってだめなんだよ。金メッキと同じなんだよ。
ちょっと引っ掻けば地金が出てきちゃうんだから。
それならはじめから地金のままでいたようがいいでしょ」
「得度した寺男のほうが長いこと山に置いてもらえると言うから、それなら僕、坊さんになりますわ、と言ったの。
覚悟?そんなものはないよ。
だって、三食に宿屋がついて金がかからないっていうんだから、こんなうまい話ないじゃない」
「ただ毎日コツコツと同じように同じ所を歩いただけなの。
自我を捨てないとできないって?
そんなこと考えていないよ」
「ただね、“自分は何のために、何しにここへやってきた”と、僕は自問自答してきた。
何かの役目があって比叡山にご縁をいただいたわけだから、少しでも人様や世の中のために使ってもらわないと申し訳ない」
「もちろん、誰かに言われて始めたことじゃないから、認めてもらうなんてハナっから思ってないよ。
すれ違いざまにソッポ向きながら嫌味を言う先輩もいたね。
でもこっちは知ったこっちゃないやね」
「決めたことを淡々とやる。
それだけのこと。
ただね、“続ける”というのがポイント。
なぜなら、続けていると不思議なことに同じ場所、同じ時間でもいろいろなことを感じたり、考えさせられたりするものなんだよ。
気づきというのは、きっとそんな体験の中で与えられるものなんじゃないのかな」
「大きく言えば、この地球に住まわさせてもらっているという感謝の心を常に持たなければ、いけないんじゃないの。
そういうことを真剣に考えたら、戦争や人々の争いなどやっている場合じゃないし、地球に生きている全てのものと共生し合わないといけないわな。
今、自分がここに生きているという、感謝の念からすべてが始まると思うよ」
「難しく考えることはないよ。
生きていることそのものが行なんだから。
一日、一日を一生だと思って生きること。
わしらの行だって終わりはないんだから」
(2009/8/18)