<親愛なるパパとママ>

 大学に入学してから、ぐずぐずして全然手紙を書かずにいてごめんなさい。今日は今までにあったことをみんなお知らせするけれど、これから先はちゃんと座って読んでね。座らなくちゃ読み進んじゃ駄目よ、いい?
 さて、私は今、とってもうまくやっています。ここに来て間もない頃、私がいる寮で火事がありました。その時窓から飛び降りて脳震盪を起こし、頭蓋骨を骨折したんだけど、今はとても良くなっているの。病院には二週間しか入っていなかったんだけど、今はだいたい普通に頭が働くし、頭痛も日に一回くらいになているの。
 運がいいことに寮から火が出て私が飛び降りたところを、向いのガソリンスタンドにいた人が見ていて、消防署に電話してくれたの。その彼、病院に何度かお見舞いに来てくれたわ。寮が焼け落ちちゃって住むところもないから、その親切に甘えていっしょに生活することにしたの。その部屋、地下室なんだけど、けっこう気がきいてるのよ。
 彼はとてもすばらしい男性。私たち結婚するつもりでいます。まだ式の日取りは決めていないけれど、お腹があまり目立たないうちに済ませたいと思っています。そうなの、ママ、パパ・・私妊娠しているの。孫が生まれておじいちゃんとおばあちゃんになるのを楽しみにしてくれるでしょ。きっと私が子供の時と同じように赤ちゃんを可愛がってくれますよね。
 結婚が遅れているのは、彼が伝染病を持っていたことで、結婚前の血液検査をパスしなくて、おまけに私も不注意でその病気をもらっちゃったからなの。でも、家族の一員として温かく迎えてくれますよね。彼って優しいし、あまり学はないんだけど野心があるわ。人種も宗教も私たちと違うけど、寛大なパパとママのことだからそんなこと気にしないわよね。
 さて、と・・今まであったこと書いてきたけど、よく聞いてね。寮の火事なんてウソ。だから脳震盪も起こしていないし、骨折もしていません。入院もしていませんし、妊娠もしていません。もちろん結婚もまだだし、病気もなし。ボーイフレンドだっていません。
 ただね、歴史の成績が「可」で化学は「不可」ということになりそうなの。いろんな出来事から見て、この点数がどんな意味を持っているかよく考えてね。

愛しの娘シャロン

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影響力の武器 」(R・チャルディーニ)より。
あなたはどんな感想を持っただろうか。

私はどういうわけか、高校時代に見た松田聖子主演の映画「野菊の母」を思い出した。
家事手伝いとして働く民子と、その家の息子政夫との幼い恋物語だが、二人の仲は引き裂かれ、民子は別の男の嫁に出される。
民子が間もなく病死したとき、父親が「こんなことなら、政夫と一緒にさせてやればよかった」と涙するのだ。

あの日、大の聖子ファンであった悪友は、学校のグラウンドまで走っていって号泣した(笑)。
ガールフレンドとの交際を彼女の親に禁じられていた私は、「まったく大人ってやつは勝手だ」とため息をついていた。
実際、いざ最悪の事態になったときと比べる想像力があれば、たいがいのことは許せるはずなのだ。

この文章を読んで、最後のドンデン返しで「やられた!」と苦笑しつつも、けっこう深く考えさせられた。
親としての子どもとのかかわり方、さまざまな偏見、かくれていたホンネ。
期待させておいてガッカリさせるより、その逆のほうが苦情を言われないというテクニック。

何よりも、ある出来事を「良い」「悪い」と単純に評価することはできないということ。
何と比較してそう思うのか、最悪の事態と比べるとどうなのか。
これって、けっこう幸せに生きられるコツかもしれない。

(2005/1/20)

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