<世界一小さなアドバイス> アナ・クィンドレン

ニューヨーク・ヤンキーズの名捕手だったヨギ・ベラの、「ふたまた道へ出たらとにかくどっちかへ進め」というアドバイスで、十分だと思うのです。
(When you come to a fork in the road, take it!)

*****

ポール・ツォガンツ上院議員がガンと診断されて再出馬を断念したとき、友人が彼に書き送ったこの言葉を忘れないように。
「死の床で、もっと仕事をすればよかったと言った人は、かつていません」
(No man ever said on his deathbed I wish I had spent more time at the office.)

*****

昨年、父からもらったはがきにはこう書かれていました。
「ネズミがいくら働いて出世競争に勝とうと、ネズミはネズミだ」
(If you win the rat race, you're still a rat.)

*****

ジョン・レノンも、ダコタ・アパートの正面で射殺される前にこう書いています。
「人生とは、ほかの計画をたてるのに忙殺されているあいだに起こっていること」
(Life is what happens to you while you're busy making other plans.)

*****

わたしのとっておきのアドバイスはこれ。
いたってシンプルです。
本物の人生を生きてください。
(Get a life.)
さらなる昇進や、もっとよい給料や、より大きな家を追い求めるのではなく。
ある日動脈瘤に気づいたら、あるいはシャワーをあびているとき胸のしこりに手がふれたら、そんなものはどうでもよくなると思いませんか?

*****

わたしにとって「それ以前」と「それ以後」は、母が病気になる前と亡くなった後というだけではありません。
それは世界をモノクロで見るのと、テクニカラーで見るのとの分岐点になりました。
このうえなく暗いできごとのために、明かりがともったのです。
(The lights came on, for the darkest possible reason.)

その後大学へもどって友達を見まわすと、みな日々の生活に退屈したり、生きることに自信をなくしたり、人生などおもしろくもないと思っているようでした。
自分が大きく変わったことを自覚したのはそのときです。
わたしは人生を最高の贈り物としか見られなくなっていました。

*****

わたしが学んだのは、目的地ではなく道中を楽しむこと、そして人生には予行演習はなく、毎日が本番だということです。
(I learned to love the journey, not the destination. I learned that this is not a dress rehearsal, and that today is the only guarantee you get.)

*****

何年も前、コニー・アイランドの板張りの遊歩道で、最高の教師に出会いました。
12月のことです。
ホームレスの人たちの冬のきびしい生活について書くため、取材していました。

わたしとならんで板のはしに腰かけて足をぶらぶらさせながら、その男性は毎日をどのようにすごすかを話してくれました。
夏が終わって人手が少なくなると通りで物乞いをし、気温が零下に下がると教会で寝て、警官に見つからないよう、カップ・アンド・ソーサーや字ジェットコースターといった、冬のあいだ止まっている乗り物のかげに隠れるというのです。
でもだいたいのときは遊歩道でこうして海のほうを向いてすわっている、と彼は言いました。
寒くなって、読み終わった新聞を着なくちゃならなくなってもね。

なぜ、とわたしはたずねました。
なぜ施設へいかないの?
なぜ入院して依存症の治療を受けないの?

彼は海のかなたを見つめて答えました。
「見てごらん、おじょうさん。このながめを」
(Look at the view, young lady. Look at the view.)

それ以来、彼に言われたことを毎日すこしでも実行するようつとめています。
心して風景をながめるようにしています。
それだけです。

行くところも帰るところもない、一文無しの男性の言葉にこめられた叡智。
心をこめてすべてを見てごらん。
そのとおりにして失望したことは、一度もありません。

*****

つぶやき:

幸せへの扉」(集英社)は、ある大学の卒業式で語られるはずだった女性作家の原稿が、インターネットで広まったもの。
原題は「A Short Guide to a Happy Life」。
忙しい日々、本当に大切にすべきものは何なのか、ふと立ち止まって考えさせられた。

この本の訳者も、「わたしがこの本と出会ったのは昨年の暮れ、仕事に追われて気持ちがすさんでいたときです」と語っている。
50数ページの薄くて小さな本だが、人が生き方を変えるきっかけとなるのは、意外と小さな冊子や何枚かのレポート、本の中のわずか数行の文章なのかもしれない。

作者は19歳のとき、40歳だった母親を卵巣ガンで亡くしている。
そのことについて、「自分がいつかは死ぬという認識は、神から与えられた最大のプレゼントであることを知りました」と語っている。
(Knowledge of our own mortality is the greatest gift God ever gives us.)

10年ほど前に、母方の祖母を忌まわしい殺人事件で失った経験がある。
「挑戦」がモットーで、「文学おばあちゃん」として知られていた彼女の死の意味を、私は深く考えた。
私が本を読み、文を書くのは、母を通して祖母から受け継いだ習慣だと思っている。

最悪の結果は、後に最良のきっかけとなることもあるのだ。

(2004/1/14)

もどる