<プラスアルファ思考>
「プラス思考の乱用は注意が必要」だと、これまで書いてきた。
きちんと対処すべき問題からも、無理やり「良い面」を探し出して、うやむやにしてしまう。
「頭」でこじつけようがごまかそうが、「心」が拒否していることに気がつかない。
最近心がけているのは、「プラスアルファ」思考。
これが意外と難しい、私には。
説明します。
赤ん坊に向かって、「おまえは一人じゃ何ももできない」と叱る人はいないだろう。
土から出てきた木の芽に、「花が咲いてないじゃないか」と普通は思わない。
赤ん坊は赤ん坊として、木の芽は木の芽として、その時点での役割は「完全」なのだから。
今の自分に対してはどうだろうか。
今の自分に満足していますか。
今の自分のことが大好きですか。
「欠点だらけで未熟なまま」
「何事においても中途半端」
私はずっと、自分をそう評価してきた。
もっと優れた英語教師に。
もっと優れたカウンセラーに。
もっと優れた武道家に。
もっと、もっと、もっと…。
何がきっかけだったかわからないが、いつも心のどこかにそんな声がこだましていた。
赤ちゃんや植物の話ならわかるのに、自分のことになるとつい、大切なものを見失ってしまう。
しかし考えてみれば、私は英語を教えてカウンセリングをして、給料をもらって家族と生活できている。
理想が高いから現実とのギャップは感じるが、生徒や保護者からクレームがくることは今のところない。
格闘技は練習不足だが、まあ普通には強いだろうし、そもそも路上でケンカになることなどめったにない。
「いいじゃない、それで」
初めて私にそう言ってくれたのが、今の妻だった。
すでに平均レベルに達してるんだから、あとは「プラスアルファ」と考えて、楽しみながらやればいい。
冷蔵庫いっぱいに食べ物を詰め込んでも、食べなければ腐っていく。
お金儲けに夢中になったところで、どうせ使わないうちに死んでしまう。
それと同じで、必要以上の知識も経験もいらない(必要「以上」なのだから)。
現時点での自分に、とりあえずオーケーを出す。
すべては、そこからスタートする。
これ以上やらなくてもいいし、やってもいい。
「やりたいこと」を、「やらなくてはいけないこと」だと勘違いしてはいけない。
「やらなくてはいけないこと」なんかほとんどないが、「やりたいこと」は無限に出てくる。
いくら勉強しても、パソコンを開いても、世界中の情報を集めることなど不可能。
「やればできる」というのは、間違っているかもしれない。
必死になってやってきたのに、まだできないということは、本当はやる必要がないことなのかも。
無理して努力しないとできないことは、自分に向いてないのだから、かえってしないほうがいい。
まあそのようなことを、いつも焦っていた私は妻に説教されたわけです。
「コラム」のテーマは、「半分はわかち合うために、半分は自分に言い聞かせながら」。
今回は、100%自分に言い聞かせる内容でした。
(2009/3/2)