<抜け毛を止める方法>
作家の伊丹十三さんが、昔、エッセイ集にこんなことを書いていた。
中年になった頃、髪の毛が異常に抜け始めた。
手でつかんでみると、ごっそり抜けてしまうこともあった。
いろんな育毛剤を使ってみたのだが、まったく効果がない。
やさしくマッサージをしてもダメ。
そこで、半分ヤケクソ気味に、奥さんに髪の毛をぐいぐい引っ張ってもらったそうだ。
すると、あら不思議。
最初はどんどん髪が抜けるので恐怖を感じたが、そのうちそれも少なくなってきた。
ついには、もとのようにコシのある髪がふさふさとよみがえったのだという。
私は思春期にこれを読み、いたく刺激された。
当時私は、青春時代の心の葛藤?によって、円形脱毛症に悩んでいたのだ。
伊丹さんと同じようにやってみたら、たしかに抜け毛がピタリとやんだ。
伊丹さんは多少大げさに書いたのかもしれないが、その理由は2つ考えられる。
(1)髪を引っ張ることによって、頭蓋骨と頭皮が引き離され、血流がよくなった。
(2)髪の根元を刺激することにより、髪そのものが鍛えられて強くなった。
これで思い出すのが、ある空手の先生がホームページに書いていた、「腰痛の治し方」である。
腰を痛めて病院に行ったら、腰に負担を与えないように、医者に次のようにアドバイスされたという。
「重い物を持ち上げるときは腰を折り曲げず、膝を曲げてまっすぐしゃがみ、立ち上がりながら持ち上げなさい」
たしかにこの動作なら、腰にかかる負担は軽減される。
ところがこれを忠実に守り続けた彼は、その後長期間に渡って、さらなる腰痛に悩まされることになる。
腰に負担をかけないようにした結果、腰そのものが弱くなってしまったのだ。
このあたりが人間のパラドックスというか、皮肉なところだ。
ミクロに見ると日常生活のリスクがなく安全だが、マクロに見ると、大変危険であるとさえいえる。
使わなければ、体の機能は衰えていくのだ。
そこでその空手の先生は、思い切ってまったく逆のことをやり始めたという。
重いものを持ち上げるとき、わざと腰を曲げてやってみるのだ。
さらに、腰や背中の筋肉をガンガン鍛えてみた。
自己流の「反骨治療」は効果てきめんで、長年苦しんでいた腰痛がウソのように治ったそうだ。
この体験を通して、彼は次のように書いている。
「怪我や障害において常識とされる治療法や予防法には、「鍛える」といった視点が欠落しているのではないか」
そういえば、101歳まで現役のスキーヤーだった故・三浦敬三さん。
彼は骨折をするたびに、しばらく安静にしたかと思ったら、もうゴムチューブで患部周辺の筋肉を鍛えていた。
高齢になってからも、最期までその逆療法は変わることがなかった。
私が若い頃、極真空手をやっていた頃の体験談。
この流派は技を止めたりせずに、素手素足で、体に直接打撃を加える。
最初は「死ぬ〜」とか思っていたが、人間の体はおもしろいもので、そのうち慣れてきてアザさえできなくなった。
ひょっとしてこの逆セオリーは、肉体的なことばかりでなく、精神面にも同じことがいえるのではないか?
誰だって、苦難や困難は避けたい。
しかし、苦難や困難を体験しない限り、苦難や困難に耐える力はつかないのだ。
ややこしいな(笑)。
カウンセラーとして人の悩みを聞いていると、つい力を貸して、解決してやりたくなる。
しかし自分自身で乗り越えてもらわないと、その人はまた、同じレベルの問題でくり返し悩むことになってしまう。
やさしさは、時として罪つくりのようである。
(2008/4/25)