ヴァージナルの前に立つ女
Lady standing at the Virginals (1670-71年頃) 51.7X45.2 ロンドン ナショナル・ギャラリー蔵

 寸分違わぬ大きさのカンヴァスに描かれ、ヴァージナルを弾くひとりの娘という共通のモティーフを扱いながら、奏者の姿勢や部屋の明るさにおいて好対照を見せるこの二点の絵は一見して明らかに対幅をなしているように思われ、また実際多くの研究者によってそう認められているが、この推測に確実な根拠があるわけではない。確かなのは、このうちのどちらかが1682年にアントヴェルペンのディアゴ・ドゥアルテの収集に含まれていたこと、同じ絵、あるいはもう片方が1696年のディシウス収集の売り立てに出品されたこと、そしてトレ=ピュルガーの収集において邂逅するまで両者が別々の経路を歩んだことである。トレ=ピュルガーの没後二点は再び分離されたが、今日では幸いにも揃ってロンドンのナショナル・ギャラリーに飾られている。
 立ち姿の娘をあらわした絵は必要最小限の簡略化された筆捌きを特徴とする後期様式の代表的作品で、ここでは人物の頭部も衣裳も全く同じ質の下塗りで形づくられ、最後に施されたハイライトによってかろうじて質感の差が暗示されているのがはっきりと見てとれる。陰になった腕と楽器の側板についても下塗りは共通であるが、ハイライトを欠くこの場合には質感の乏しさは一層顕著であり、一本の棒のように描かれた左腕などは、その部分だけ観察してみればとても血の通った人間の肉体の一部とは見えぬほどである。しかしその一方現実の事物の存在感から解放された胸部の衣裳や頭部の装飾の描写には、ほとんど抽象絵画に通じるような純粋な美が宿されている。水平線・垂直線に固執したこの絵の構図は<リュートを調弦する女>のそれと並んでモンドリアンの絵画を最も強く意識させるものだが、それだけに太い黒の輪郭によって強調された楽器の蓋の斜線が一層強烈なアクセントとして働いている。壁には二点の画中画が配置されている。一つは金色の額に納められたヤン・ヴェイナンツ風の風景画、もう一つは右手に弓を持ち左手でカードを高く掲げたクピド(アモル)の像であり、後者は画家の遺産目録に登場する「クピド」と同一で、おそらくセサール・ファン・エーフェルデンゲンの手になる作品と推定される。この絵のクピドに似た図像はファン・フェーンの『アモルの寓意図像集』の挿絵に見出される。一の数字の記入された石板を掲げ二から十までの数の書かれたそれを踏みつけたこのクピドは愛がただひとりのために捧げられるべきであることを語っている。とすれば、柱のように揺ぎなく直立した女を描いたこの絵にも「純粋な唯一の愛」という寓意が秘められている可能性は高いとみなさねばならない。