手紙を書く婦人と召使
Lady writing a Letter with her Maid (1670年頃) 71X59
ブレッシントン(アイルランド) ベイト・コレクション蔵

 フェルメールが死んだ際に手元に残していた三枚の自筆絵画のうちの一点で、<ギターを弾く女>とともに画家の妻カタリーナによって借金617フルデンの埋め合わせとしてパン屋ファン・バイテンに引き渡されている(記録には「うち一人は坐って手紙を書いている二人の人物を描いた絵」とある)。このことから<ギターを弾く女>と同様に画家の最晩年の作品とする推測も可能なのであるが、ロンドンの作品が平板で力のない印象を与えるのに対し、召使の冷たく硬い表情や極度に簡略化されてリアルな質感を喪失した床の大理石の描写には紛れもない後期作品の特徴が示されているものの、この<手紙を書く婦人と召使>にはフェルメールの最良の特質のいくつかが未だに残されており、また正面から捉えた主人公の姿や前景の椅子の配置などに意欲的な新しい試みも見出される。ガウイングによってそれぞれ「円柱」と「鐘」の形に譬えられた召使と女主人はいずれも確固たる存在感を示しており、とりわけ極めて単純な形態に集約され、堂々たるモニュメンタリティーを備えた召使はビアンコニも指摘するようにピエロ・デルラ・フランチェスカの聖母像すら想起させる。一方水晶やダイヤモンドのカット面を連想させる大きな明暗の色面によって鋭角的に捉えられた女主人の袖ロの描写にはキュビスムの絵画を予告するような近代性が宿されている。壁には<天文学者>に見られるのと同じ「モーゼの発見」が飾られているが、現実の再現にかなりの忠実さを示すフェルメールもここでは構図への配慮から画面の大きさを違えて描いている。