恋文
The Love Letter (1667年頃) 44X38.5 アムステルダム 国立美術館蔵

 同僚のデ・ホーホと異なって<眠る娘>以後開いた扉から覗く隣室というモティーフを二度と採用せず「閉ざされた部屋」を描き続けてきたフェルメールであるが、この絵ではデ・ホーホ好みの意匠を逆手にとって開口部から見える奥の部屋を主空間として扱うという思い切った実験を試みている。この工夫はファン・ホーホストラーテンの手に帰されている<スリッパ>から得られたものかもしれない。一方すでにアムステルダムに移って久しいデ・ホーホもこのフェルメール作品から感銘を受けたらしく、カーテンや箒の位置を左右逆にしただけであとは瓜二つの構図をもつ作品をのちに制作している(この絵は衣裳を根拠に1670年代後半のものとされる)。訳知り顔で微笑む召使と手渡された手紙を持ったまま内心の動揺を隠すように後方を見上げる女主人、この取り合わせだけでも手紙が男からの恋文であることはおおかた想像がつくが、この推測に更に確かな根拠を提供しているのは二人の背後の海景画である。当時の寓意図像集(エンプレマーク)では恋愛は海に、そして恋する人間は舟に譬えられるのが常であった。こうした寓意を宿す海景画のほか、布のはいった籠とクッション、脱がれたスリッパなど共通のモティーフをもち、女主人と召使の服装も似ているメツーの<手紙を読む女>はこの絵の恰好の比較材料である。これはメツーの最晩年の作品であるが、彼は1667年に死んでいるので、フェルメールの方が影響を与えたとするとこの<恋文>はこの年までに描かれたことになる。メツー作品の女主人の上衣がフェルメールの給には頻出するもののこの画家には極めて珍しいことを考えて私はこの仮説に与するが、1669-70年頃の作品とみなしている研究者も多い。