女主人と召使
Mistress and Maid (1666-67年頃) 92X78.7 ニューヨーク フリック・コレクション蔵

 プランケルトのように<手紙を書く女>と同時期に制作されたものとする説からブロッホ、ゴルトシャイダーのように<天文学 者>、<地理学者>の後の1670年頃に位置づける説まで年代判定にかなりの差が見られる作品である。黄色の上衣、青緑 色のテーブルグロス、精巧な装飾を施された手箱といった同じモティーフが用いられているだけでなく、主人公と机の位置関係も<手紙を書く女>に類似しているが、そこでは淡い光の中に溶解してしまいそうに描かれていた黄色の上衣が本図においては強い明暗の対比を示す色斑によって三次元的な量感を備えたものとして捉えられており、ひだの起伏なども遥かに深くはっきりしている。フェルメールの大多数の作品が持続しうる状態の人物を扱っているのと対照的に、ここで試みられているのは声をかけつつ持参した手紙を渡そうとする召使と、ペンを置き、多少の戸惑いを見せつつそちらに顔を向ける女主人との間に孕まれた一瞬の緊張の描写である。珍しく無地の暗い背景が用いられているのも、人物の三次元的量感を強調するとともにこの心理的な緊張をあざやかに浮き立たせるためであったろう。この絵は評価のわかれる作品であるが、当のフェルメールがその出来映えに満足しなかったことは、暗い背地の風俗画を二度と試みていないことからも明らかである。なお所蔵美術館のカタログおよびプランケルト、スレイトケスによるとこの絵の人物は一都未完成であるというが、たしかに略筆で大まかに捉えられただけの主人公の髪の表現などはきっちりと描きこまれた静物の描写とはいかにも不釣合である。肝心の主人公の頭部が未完成に終わっているのは珍しく、ここからスレイトケスはカメラ・オプスクーラの利用による特異な制作過程を推測している。