真珠の首飾りの女
Woman with a Pearl Necklace (1663-64年頃) 55X45 ベルリン 国立絵画館蔵

 異次元の世界を画面に導入する鏡は古来画家たちに好まれてきたモティーフの一つであった。女性の私室に置かれた鏡に化粧する女の顔が本来ならば観者には見えぬ角度から映し出されている例が多いのもこの魅力的なモティーフが利用されている以上は当然のことと言えよう。しかしここでは鏡が画面に垂直に掛けられているので映像は見えず、真珠の首飾りに結んだリボンの是非を問いつつ鏡を見つめている娘から出発したわれわれの視線は再び娘の上半身へと戻らざるを得ず、その過程でフェルメールとしても他に例のないほど広くとられた白壁の魅力が否応なしに意識されることになる。こうした横向きの女と鏡との取り合わせもテル・ボルフに先例が見られるが、より顕著な類似を示しているのはファン・ミーリスの<鏡の前に立つ婦人>である。従来ややもすると軽視されがちだった1660年代前半におけるフェルメールとファン・ミーリスの影響関係の解明は今後のオランダ風俗画研究に残された大きな課題の一つであるが、この場合も残念ながらどちらがどちらに影響を与えたのかは未だよくわからない。鏡も真珠もともに善悪両方の象徴的意味を託されてきたものだが、鏡を前に身繕いする若い女を主人公とした絵の場合には「ヴァニタス」(人生の果敢なさ)の寓意が秘められているのが通例である。しかし洗練の極を示すこのフェルメール作品においてはそうした教訓性は薄められ辛うじて認知しうる香辛料の如き存在と化していると言わぎるを得ない。「純潔」の寓意を宿しているかもしれない<水差しをもつ女>との表現の差はさほどに微妙である。この絵もまた1696年の売り立てに出品されており、その後トレ=ビュルガー、ジュールモントといった名だたる収集家の手を経てベルリンの美術館に入った。