音楽のレッスン
The Music Lesson (1663-64年頃) 73.6X64.1 ロンドン バッキンガム宮王室コレクション蔵

 18世紀ヴェネツィアの画家G・A・ペルレグリーニがオランダ滞在中に購入した作品で、その死後駐ヴェネツィア英国領事の手を経てフランス・ファン・ミーリスの作品としてジョージ三世の収集に加えられた。家庭における奏楽の主題は17世紀後半のオランダ風俗面で殊の外好まれたものの一つだが、弟子−まず例外なく若い女性である−に対する音楽教師の態度には、職業的な関心以上のものが見受けられることが少なくない。例えばチェンバロを弾く娘とその手元を身を乗り出して見つめる教師をあらわしたステーンの絵(1659年)には明らかに単なる先生と生徒以上の関係が見てとれる。しかし寡黙なフェルメールの作品はこの場合にもなかなか秘密を明かしてくれない。左手に杖をつき右手を楽器にもたせて直立不動の姿勢をとる黒服の男と背を向けてヴァージナルの前に立ちわずかに頚だけを彼の方へ向けた娘−鏡の映像に注目されたい−のあいだにどんな心の会話がなされているのかはひとえに観者の想像に委ねられている。娘の弾くヴァージナルはアントヴェルペンのアンドリース・リュッカーズ製作の楽器を正確に描写したもので、その蓋には(音楽は歓びの伴侶、悲しみの薬)と書かれている。ミリモンドは二人の身振りとこの銘文からここに愛の悲しき終末を読み取ろうとするのだが、ホガースなど18世紀の版画・絵画の場合とは異なって17世転オランダの風俗画には進行する特定の物語の一局面をあらわした例はないのでこうした解釈には根本的に無理がある。男の右に半分見えている画中画は自分の娘から乳を授かる捕われの老人をあらわした<ローマの慈愛>であり、画家の義母の所有していた「乳房をふくませる人物」の絵と同一と見られる。娘の頭上の鏡には絨緞の掛けられた前景の卓子の他に画架と絵具箱らしきものが写っている。フェルメールは珍しく同じ室内における自分自身の存在をこうして示唆しているのである。それにしても超広角レンズを通して見たときのような強烈な遠近感をもって捉えられたこの空間表現の見事さは何と許したら良いのだろう。透視図法の模範のような左半分に対し、右半分ではもっぱら事物の重ねによって奥行きを示したフェルメールの絶妙の均衡の感覚には脱帽せざるをえない。