デルフトの眺望
View of Delft (1661年頃) 98.5X117.5 デン・ハーグ マウリッツハイス美術館蔵

 トレ=ビュルガーによるフェルメール再評価の中核をなす作品であるが、彼の長大な論文が「デン・ハーグの美術館では素晴らしい、そして非常に風変わりな一枚の風景画がすべての訪問者をひきつけ、画家や絵に造詣の深い人々に生き生きとした印象を与えている」という一文で始まっていることからもわかる通り、それ以前にも例外的な高い評価を受けており、1822年の競売では2900フルデンの値で直接国家に買い上げられている。1696年のディシウス収集の売り立てに際してもこの絵には200フルデンという随一の高値がつけられた。あらわされているのはスヒー川越しに眺められたデルフト市南端の景観で、中央やや左寄りに立つのがスヒーダム門、張り出した双塔をもつ右側の建物はロッテルダム門である。フェルメールが洗礼を受けた新教会の塔は陽光を浴びてひときわ高く聳え、彼の墓のある古教会の塔は左方の赤屋根の上に僅かに婆を覗かせている。雲間から射し込む強い陽光が雨上がりの街を捉えた瞬間を描いたものであろう、未だ影の中に留まる左半分の街並みと光を浴びた右半分のそれとは驚くほビ鮮やかな対照をなしている。屋根の赤と樹葉の緑を主調とした左半分は手で触って確かめられるかのようなリアルな質感を備えているのに対して、強烈な陽射しを受けた右半分の家々の屋根は質感と本来の色(=赤)を失って光の中に溶解し、ロッテルダム門の青屋根とのあいだに妙なる調和を生み出しているからである(ブルーストを賛嘆させた「黄色の小壁面」とはちょうど青屋根に囲まれたところにある、ひときわ鮮やかな黄色の上塗りを施された屋根のことである)。
 こうした革新的な彩色法は鉛色の水面に揺らめくシルエットの微妙な描写とともに「瞬間性」を強調した印象派の絵画を予告するものだが、揺るぎない堅固な構成をもつこの絵が人々を魅了してやまぬのはむしろ「永遠性」の暗示に負うところが大きいのではあるまいか。この印象を生み出すためにフェルメールは左方の水平の赤屋根を実際以上に引き伸ばし、またスヒーダム門の前の桟橋やロッテルダム門の双塔の前方への突出を極力抑制して街並みを細長い水平の帯のような姿へと変貌させている。1650年代から流行する都市風景図が特定の有名な建造物のある一角を題材とすることが多かったのに対して、街の全貌を一望のもとに捉えたこの作品は明らかに異なった把握を示している。芸術性のあまりの高さゆえに見逃されがちなことだが、この絵の視点や構成の前身はむしろ芸術性とは縁の薄い16世紀以来の都市図のうちに見出される。私見によれば前景の岸に立つ人物の姿もこうした都市図や地図の片隅に必ず登場する人物像の名残りに他ならない。しかし従来の都市図においては繁栄ぶりを示すために運河や川を往来する船が不可欠のモティーフであったのに対し、ここではそうした活動は暗示すらされておらず、ただ水面のシルエットだけが彼岸と此岸を結んでいるにすぎない(このためにロッテルダム門の双塔の影は異様なほど長く引き伸ばされている)。この絵は17世紀の都市風景画としては異例なほどに対岸の家の階上の窓から対象を眺めている画家自身の目の存在を強く意識させる作品であるが、川が全くの静寂を保っていることもあってデルフト市の美しい街並みは比較的近くにあらわされているにもかかわらず視点の置かれている室内からは決定的に隔絶した「彼岸」の世界として見る者に止み難い憧憬の念を抱かしめる。密室の文学者ブルーストがこの絵に深く魅せられたのもまことに当然のことであったといえよう。