士官と笑う娘
Officer and a Laughing Girl (1658-59年頃) 50.5X46 ニューヨーク フリック・コレクション蔵

 きらびやかな衣裳を纏った士官と女という取り合わせは17世紀のオランダ絵画で広く好まれたもので、多くの場合には金銭による愛の売買が伏線として暗示されているのであるが、薄暗い居酒屋や娼家とは似ても似つかぬ、健全すぎるほどに健全な明るい家庭の室内を舞台としたこのフェルメールの絵を前にして、この主題にまつわりがちなそうした背後関係に想到する人は稀であろう。極めて生き生きとして自在な筆捌きを見せるフランス・ハルスのような天才を別にすれば、入念な技法で時間をじっくりかけて絵を制作するオランダの画家たちにとって人物の自然な表情、とりわけ一瞬にして変化してしまう笑顔の描写は決して手易い課題ではなかった。フェルメールの女性像においても、画面のこちらに向けられた顔が一般に真横から捉えられたそれに比べて詩的な喚起力を欠くことは多くの人々が認める通りであるが、心からの喜びを顔じゅうに満ち溢れさせたこの天真爛漫な娘の笑顔はフェルメールの作品群のなかでまさしく異色の光彩を放っている。異色といえば、ぎらつくばかりに強烈な真昼の陽光の描写についても同じことが言える。本図の制作にあたって手本に選ばれたのはデ・ホーホの<トランプをする兵士たち>であるが、フェルメールは敢えてデ・ホーホの得意中の得意である明るい陽光の描写それ自体に真っ向から挑んでこれを凌駕しようと試みたようだ。手前の人物と奥の人物の大きさの対比もデ・ホーホに比べ一層誇張されたものになっている。雰囲気としては対照的な<手紙を読む娘>の場合と同じように、女性をとりまく空間を画面の奥に固定したいという画家の欲求がそうさせたのかもしれない(因にこの両図の女性は同じ 服を着ている)。奥の壁にはファン・ベルケンローデの手になるホラント州の地図(右側が北)が掛かっている。これがフェルメールが生涯好んだモティーフの最初の大々的な登場である。