ディアナとニンフたち
Diana and her Companions (1654-1655年頃) 98.5X105 デン・ハーグ マウリッツハイス美術館蔵

 以前は後代の贋の署名によってニコラース・マースに帰されていた作品だが、19世紀末にJ(?)Meerと読める署名が発見された(その後の二度にわたる洗浄の結果、今日では文字は全く判読できない)。当初はこれを同姓のユトレヒトのヤン・フェルメールの作とする見方が優勢だったが、ポーデ、次いでホフステーデ・デ・フロートによって真作に加えられた。<マルタとマリアの家のキリスト>との関連もあって、その後の研究者はへイル、スヴィレンスの二人を除いてすべてこれをデルフトのフェルメールの初期作品と認めている(スヴィレンスは署名の痕跡をR Meerと読み、画家の父レイニールの作と推定したが、判読の問題は措くとしてもレイニールは美術商として聖ルカ狙合に入会はしているものの一画家として活動した証拠が一切ないので、この説には説得力が欠けている)。フェルメールは狩猟の女神ディアナの身づくろいを題材にした本図でも女神、跪いてその足の手入れをするニンフ、後方に佇んでその様子を眺めるニンフの三者の組み合わせに、前作に用いた形を応用しているが、ここでは更に二人のニンフが加えられ、より複雑な構図が試みられている。もっとも女神とニンフといっても全員が穏当な着衣の婆であらわされているので、月の女神でもあった処女神ディアナの頭上に飾られた三日月に注目しなければ、神話画だとは気付かないかもしれない。こうした風俗画的なこの主題の解釈はヤーコプ・ファン・ローの作品に先例がある。ファン・ローは主にアムステルダムで活動した画家であるが、デルフトの財産目録にしばしば名前が登場するから、この町でも人気を博していたらしい。とすれば人物の形においても類似が見られるこの作品−もしくは類作−をフェルメールが知っていて手本とした可能性はかなり高いと見なしてよいであろう。とはいえディアナがこちらを直視せず視線を伏せていること、そして狩の女神に相応しい精悍な猟犬に代わってじっと場面を傍観する妙に瞑想的な犬が描き込まれていることによって絵の情調は全く異なったものとなっている(この犬はファプリティウスの<歩哨>の犬にどこか雰囲気が似ている)。オレンジ、ピンク、そして黄色という暖色が響きあう本図の色調は、ティツィアーノにはじまるヴェネツィア派のそれを想起させる。イタリアには行ったことのないフェルメールだが、1672年にはイタリア派絵画の大規模な真贋論争に関連してデン・ハーグに赴き、貴重な証言を残している。父の、そして自身の美術商としての活動を通じてイタリアの絵画に接する機会も少なくなかったに違いない。17世紀のオランダにはイタリア絵画、とりわけヴェネツィア派の作品はかなりの数が移入されていたのである。