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矢的原神社(やまとばるじんじゃ)
矢的原神社に伝わる社殿の創建の時代詳ならずも太古天津彦火々出見尊高千穂峯より此の処を檍原と目度を定められて御弓を射させ給ひしがその的石と言ひ伝ふる霊石あり其時は
檍原大権現と呼稱し居たりと言ふ 今尚 原の権現様と呼稱す昭和39年3月31日 社名 矢的原神社 御祭神 天津彦火々出見尊
矢的原神社の由来
「矢」は霧島神社「的」は的石神社「原」は原権現神社 昭和13年より三社合社して 矢的原神社と申します。
東霧島(つまきりしま)神社に伝わる霧島神社由来記
當霧島神社は北諸縣郡高崎町東霧島(つまきりしま)神社に纏わる古事記に伝えるところによると上古に 東霧島神社元標より辰巳方故有谷といえる池中に裂盤あり魔石と呼ばれていた。この石は古より魔に魅められあらゆる害を及ぼしていたこれに困て霧島の主神伊弉諾尊 十握の剣(とつかのけん)を握り これを斬りて三段となす時 其の一段は雷となり飛び去りめ一段はこの虜に留まりて神となり★後一段は嘗て飛去りて宮崎郡大島平原村に留りて有りと土地の人は深く崇高し氏神として祀る
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