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novel01


贈り物


 小中学校,そして高校が一斉に夏休みに入った日だった。僕は周一に付き合わされていた。
「本当にもう,浪人に夏休みはないんぞ。お前だって浪人の端くれやろうが。」
 僕がやや怒った調子で言うと,周一は,哀れな声でこういった。
「頼むっちゃ,洋平,付き合って!いいやんか。な。お前知ってるか,静香さんが帰ってきとんやぞ。トミヤマのスーパーのレジでバイトしとんやぞ。一緒に来てくれや。」

 鈴木静香は,僕と3年の時同じクラスだった。理系の中では少々可愛い子だったけれど,そんなに目立つ子じゃなかったので,これと言って噂も立たず男どもの会話の中でも滅多にその名前は出てこなかった。今は花の大学生。K大の薬学部である。これに対して僕は浪人の身。わざわざ逢おうとは思わない。周一が会いたいと言い出して,無理矢理僕を連れ出したのだ。
 須藤周一は明るい性格である。高校3年間休部寸前の体操部で頑張り体格もすごくいい。僕たち浪人仲間でもリーダーでいつも弘康を中心にわいわいやっている。ただ話が女の子のことになると急におとなしくなってしまう。照れ屋なのかもしれない。

 トミヤマストアの2階の文具売場で静香はバイトをしていた。レジには静香の他に,女の店員が二人いた。静香は少し髪を伸ばしていた。黄色のチェックのカッターシャツに青いスカートをはいて,その上に薄いピンクのエプロンをしていた。僕と周一が文具売り場に着いて,僕が少しの間静香を見ていると,向こうもこっちに気付いたらしく,「あっ」と言って懐かしい顔をした。
 トミヤマストアの2階の文具売場は,文具だけでなく,女の子の好きそうなお人形や飾り,鏡,カード,それに夏場なので花火や暑中見舞い用の葉書も置いている。

「おい,付き合ってやったぞ。後はお前が勝手にやれや。」
「たのむっちゃ。一緒にいてくれや。それにちょっと,贈り物を買う用も頼まれちょるんよ。で,それを静香さんに選んでもらいたいんよね。」
「ならお客なんやから,頼めばいいやないか。」
「俺からは,よう言えんからお前が聞いてくれ。」
「何で俺が,誰に贈るのかもわからん贈り物を聞かんといけんのや。」
「お前は静香さんと同じクラスやったやん。話せるやないか。」
「うーん,そりゃそうやけど。でも誰に贈るんか。」
「頼まれた贈り物でね。そう,女の子への贈り物よ。あっ,そうよ。お前の友達に吉沢洋子っておったやろ。そいつへの誕生日の贈り物ということで聞いてくれ。俺の名前は出すなよ。」
「確かに吉沢の誕生日はもうすぐやけど,別に俺は何も贈らんぞ。」
「いいやんかそんなこと。そいつの誕生日で買えばいいやから。お前ねぇ,この前,パチンコで負けそうになったとき,俺の玉を分けてやったやないか。お前は俺に借りがあるんだ。」
「でも結局負けたぞ」
「だからそれはそれよ。借りを返せ。」

 あまり,周一が頼むものだから仕方なく僕は引き受けることにした。そして静香の方を見ると今は客もなく暇な感じだった。僕はゆっくりレジの方へ行き静香に話しかけた。
「あのう,鈴木さん。久しぶり。実はねお願いがあるんよ。僕の友達のね,吉沢洋子,知ってるやろ,その吉沢の誕生日がもうすぐなんよ。でね,何かプレゼントしようかと思うんだけど,どんなのがいいのか分からんのよね。だから,ちょっと見てもらいたいんやけど。だめかな。」
 静香は,ちょっと困った顔で隣にいる女の店員二人の方を見た。店員は「仕事中だから」と断ろうとした。僕はあわてて早口で言った。
「あのね,僕はこの店で買おうかなと思って来たんだけど,無理なら他の店に行くつもりなんよ。だから,鈴木さんが見てくれないってことは,トミヤマストアの損失になるんよね。だめかな。」
 よくもまあこんなこと言ったなと思っていたら,店員もあきれたのか,「いいわよ」と言った。僕と静香は同時に「すみません」と言った。

 店内はそんなに広くもなく,いつの間にか隣に弘康がいた。僕は静香に言った。
「ごめん。なんか悪かったね。」
「ううん。大丈夫。気にしなくていいわよ。どうせ今,暇なんだから。」
 静香はそう言って笑った。その笑顔を見て弘康は飛びあがらんほど喜んだ様子だった。
「あっと,こいつは周一。須藤周一。僕と同じ浪人。」
「知ってるわよ。須藤くん有名人だったもの。ところで青木くん,吉沢さんの誕生日プレゼントはどんなものにするの。」
「うーん,予算は2000円くらいでね,まず,鈴木さんがいいなと思うものを見つけてくれんね。」
「そうねぇ」
 静香はそう言うと歩き始めた。心なしか目が輝いているようだった。僕が静香の後をついていくと,周一が突然静香に話しかけてきた。
「あのう,鈴木さんは静香というんやろ。それなら僕と同じS・Sのイニシャルやね。」
 静香は,ニコッと笑った。

 そのうち,静香は小さな人形を一つ選び出した。
「そうそう,これ,ほしかったんだ。」
 その人形は女の子がよくバックにぶら下げている人形のようだった。値段も手頃だ。僕はチラッと周一を見た。周一はこっくりとうなずいた。
「じゃ,それにするわ。」
「本当,この人形なら吉沢さんもきっと喜ぶわよ。」

 レジに戻った静香は,「贈り物なのよね」と言いながら,慣れた手つきで包み始めた。周一は僕の隣で静香を見ている。僕はお金を女の店員に渡した。あの人形は小さな箱に入れられ,包装紙で包まれ,ピンクのリボンをつけられた。
「はい,おまちどおさま。」
 静香はそう言って,ピンクのリボンの贈り物を僕に手渡そうとした。
 そのとき,僕の隣にいた周一が,急に僕を押しのけ,その贈り物を受け取ると,真っ赤な顔をして静香に言った。
「誕生日おめでとう。これ,僕から鈴木さんへのプレゼントです。」

 静香はキョトンとしていた。二人の店員は顔を見合わせ,そしてニコッと笑った。静香もようやく分かったような顔をして笑った。
「ありがとう。」
 周一は相変わらず真っ赤な顔で静香を見ている。しばらく二人は黙ったままで見つめ合っていた。僕は周一の背中をドンとたたくと
「がんばれよ」
と言って,一人で先に帰ることにした。

 トミヤマストアの周りはまだ人通りが多かった。露天商の人たちの威勢のいい呼び声が聞こえてくる。僕はトミヤマストアの入り口あたりで空を見上げた。底抜けに明るい青い空が夏の陽に輝いている。そしてそのまま,吉沢に何か贈ろうかなとか,あの二人うまくいくといいななんて考えながら,じっと眩しい空を見ていた。

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