<Mが泣いた夜>
シェリー。
パパの友だちで、同じく離婚して子どもと会えなくなったMから、この前久しぶりに電話があった。
誰にとっても、離婚する原因はそう単純じゃない。
彼の場合は、初めての子どもにつけた「名前」が直接のきっかけだったと記憶している。
パパは、なんて愛情のこもった素敵な女の子の名前なんだろうと思った。
でも、奥さんもその両親も、その名前が気に入らないで大反対したそうだ。
それまでもいろいろあったんだろうけど、そのときの口論がもとで、Mは娘と会えなくなってしまった。
あれから十数年。
口にこそ出さなかったが、Mは自分が娘につけた名前のことで、心の奥でずっと苦しんできた。
そんなに非難されるような名前だったのか、やっぱり自分は間違っていたのかと。
そのMが先日、再婚を考えている彼女と、「明日の記憶」という映画を見たそうだ。
主役の男性がアルツハイマー病になって、夫婦の愛情で乗り越えようとする。
その中で、男が孫娘に名前をつける場面があった。
それがなんと、Mが愛する娘につけた名前とまったく同じだったんだ。
「芽吹(めぶき)」
娘につけた名前と、長い時を経て、映画の中で出会うなんて。
Mは体が大きく、顔も一見怖そうな男だ。
そのMが、彼女の目の前で、声を出して泣いた。
一晩中、わんわん泣いた。
(よかったなあ、M!
これはきっと、神様からのプレゼントだよ。
おまえは間違ってなかったんだ。
もう、自分を許してやってもいいんじゃないか?)
無愛想で口下手なMが、電話口でパパに一生懸命に話してくる。
仕事中だったけど、パパも「うん、うん」と一生懸命に聞いたよ。
今すぐ君に電話してこの話をしたいけど、それはできないからここに書いとくね。
(2006/11/6)