<これでいい>
シェリー。
今日は少し早く着いた。
約束の時間まで文庫本を読みながら待っていると、コンコンと車の窓をたたく音。
顔を上げると、君が笑顔で手をふっていた。
今日は映画を見たね。
君の大好きなバスに乗って、セントラル会館で、「魔女の宅急便」というかわいいアニメ。
サンドイッチを買いにボンベルタの地下へ。
娘とこうして手をつないで街をデートすることは、パパの夢だった。
パパはよく1人で映画に行くけど、あんなに人が多いのは初めてだ。
みんな家族だった。
でも、君とパパだって立派な家族だ。
パンフレットを買ってあげたけど、喜ぶのもつかの間、「パパのおうちに置いといて…」。
やっぱり、こんなものでも持って帰れないみたいだね。
2本目は「デジモン」だったけど、アニメが大好きな君が映画の途中で「もう家に帰る。電話しないと…」。
まだ会って2時間もたっていないのに。
バスに乗って帰る途中、君はパパの腕の中で眠ってしまった。
パパの家に戻ってふとんに寝かせると、うっすらと目をあけて
「お昼寝が終わったら、まだパパと遊びたい…」。
結局目がさめたあと、夕方までいっしょにいた。
シェリー、君はまだ子どもなんだから、自分が本当に思った通りに言えばいいのに。
今回気がついたこと。
前下の乳歯が抜けて、大人の歯が少し出ていた。
パパがシェリーくらいのときは、下の歯は屋根の上に、上の歯は軒下に投げたような記憶がある。
大人の歯が伸びるように、だろうね。
あと、ピアノがうまくなっていて驚いた。
おばあちゃんの部屋で、何も見ないで1曲全部弾いてくれたね。
昔パパもヤマハのオルガン教室に通っていて、ピアノは得意だった。
楽譜なんか見なくても、どんどん弾けた。
なんとなく自分を見ているようだったよ。
帰りには君が「尾崎豊のシェリーをかけて」と言うので、久しぶりにCDを聞きながらいっしょに歌った。
君は「シェリー」の歌詞をほとんど覚えている。
小さい頃、パパと暮らしていたときのことも、ときどき思い出してパパを驚かせる。
段ボールの家を作ってその中に入って遊んだこと、覚えていたんだね。
きっと幼いながら楽しくてたまらなくて、今でも記憶に残っているんだろう。
今日は北海道のパパの友だち(雪だるまで遊ぼうって言ってくれたおじちゃん)が送ってくれた、土のついたジャガイモをあげると約束していた。
ママと次のおとうさんが迎えに来たとき、「ちょっと待っててください」と言ってパパが車に取りに戻っている間に、君を乗せた車は行ってしまった。
なんで !?とがっかりしたよ。
でも、しばらくすると戻ってきて、なんとか渡すことができた。
きっと君が「パパがジャガイモを…」と言ってくれたのだろう。
今回までの面会で、パパは自分の考え方が変わってきたのを感じる。
理由はともかく、せっかく会えたのに君がすぐに「帰る」と言うようになったこと、これはいいことなんだと。
ときどきパパと会えるのは普通のことで、特に貴重な時間だとは君が感じていないこと、これは今までたくさんのお金と時間と精神力をそそぎこんできた、パパの勝ちだと思っている。
なぜなら、パパのいちばんの願いは、シェリーがパパの存在なんて必要ないくらい楽しい毎日を送ってくれることだから。
これでいいんだ。
(2000/8/11)