<長く静かな関係>

シェリー。

パパとママが離婚するとき、パパは君といっしょに暮らし、君を育てていくことを希望した。
もちろん、ママも同じだった。
パパとママは、残念ながら夫婦としてはうまくいかなかったけれど、娘の君を愛する気持ちにはまったく変わりはなかったからだ。

世間には、子どもが幼い場合には、なんだかんだいっても母親が必要だという思い込みがある。
2人とも同じくらい君を愛している以上、どちらかに決めるとなると、やはりママに味方する人がほとんどだった。
パパ自身、ずっとママとケンカをしてきたから、もうそれ以上ケンカはしたくない気持ちもあった。

何よりも、離婚のときにママが約束してくれた
「私たちは別れても、シェリーのことはこれからも協力していきましょう」
という言葉を信じていた。
だから、離婚してからもパパなりに、シェリーとママの生活を守り続けてきたつもりだ。

離婚したとき、パパにはほとんど何も残らなかった。
離婚して、シェリーとママを傷つけた。
パパは男だから我慢ができるけど、ママとシェリーはいろいろ言われてたいへんだろう。
せめて、物やお金には困らせたくなかった。

パパの本にも書いたように、パパが1人で引っ越したときには、ほとんどお金を持っていなかった。
それで、持っていた何百冊もの本を売って、なんとか安いアパートに移ることができた。
そのときに持っていったものは、自分の服くらいのものだった。

カーテンも何もない部屋で、1ヶ月くらいは体に服をかけて寝ていたよ。
窓から見える夜空のオリオン座がきれいだったけど、それだけに寂しかった。
でも、シェリーとママにできるだけのことをした結果だから、パパはじっと我慢するしかなかった。

その頃に、ひょっとして神様はいるのかな、と思ったできごとがあった。
パパが何年か前に出した英語の本が、全国でよく売れたらしくて、いくらかのお金が入ってきたんだ。
うれしかったねー、あのときは。
本当に助かった。

でもパパは、あの本はまだ結婚していたときに書いたもので、ママの協力がなければ書けなかったと思っている。
だから、もらったお金の半分はママにプレゼントしたよ。
お人好しだと言われたけど、あの本がもっと売れたら、これからもそうするつもりだ。
寂しい思いをさせてママの心が離れてしまったのは、パパが男としてしっかり守ってやれなかったからだと思っているからね。

でも、パパと離婚したあとのママは、いろいろな環境の変化で、パパとの約束を全部は守れなくなってしまった。
パパとママが離婚したときのように、人生には予測のつかないことが起こるものだからね。
残念だけど、シェリーの大切なママのこと、パパはすべて受け入れようと思うんだ。

ママが他の人にパパのことを悪く言っても、パパは絶対に怒らないと決めていた。
ただ、いくらママの頼みでも、ひとつだけ絶対に譲れないことがあった。
それは、君に「もう会わないでほしい」と言ってきたことだ。

君とパパは、今までずっと仲よくやってきた。
君ももうすぐ6歳。
パパとママがうまくいかなかったこと(ごめんね)や、ママが君に新しいお父さんを連れてきたことも、ちゃんとわかっているはずだ。
君は賢い子だから、新しい家族の中でもちゃんとみんなと仲よくできて、ときどきパパと会っても楽しくやれる。

ママの考え方は、ちょっと違う。
というより、ひょっとするとそれが普通で、パパの望んでいることは理想が高すぎるのかもしれない。
パパは英語の先生だから、外国人の友だちがたくさんいるのは知っているね。
彼らなら、日本人としては少し進んだパパの考え方を、よくわかってくれるんだけど。

パパは、そのことについてだけ、ママの考え方と違うよ、と言おうと決めた。
言っておくけど、君のママを悪く言っているんじゃない。
絶対にまちがえないでほしい。
ママは、今まで経験したことのない状況の中で、不安になって、正しい方法を選べなくなっているんだと思う。
そしてそれは、パパの責任でもある。

パパがいちばん恐れていること、それは、何かの事故か病気で、パパが急にこの世からいなくなってしまうことだ。
そうしたらどうなる?
たとえどんなに離れていても、パパがシェリーのことを心から愛していたことを、いつもいつも気にかけていたことを、君はどうやって知ることができる?

そこでパパは、「HOW TO 旅」「ナイン・トラックス」という、2册の本を出した。
去年のことだ。
この中に、君とパパが仲よくしている何枚かの写真と、君へのメッセージをたくさん書いて載せた。
将来君がこれらの本を手にして読んでくれたとき、当時のパパの本当の気持ちがわかってもらえると思う。

君が成長した頃には、もう本屋さんでは売っていないかもしれないけれど、県立図書館と、君がよく行く市立図書館にも、それぞれ何冊かずつ入っている。
パパの家族や親戚を探して訪ねれば、みんな持っているはずだ。
何人かの友だちにも、そのあたりのことは頼んでいる。

これで、パパのいちばんの心配ごとはなくなった。
遺書を書き終わったような気分だよ(笑)。

このホームページも、君のためにつくったようなものだ。
簡単そうに見えるだろうけど、パパはコンピューターがまったくダメなので、たったこれだけのことにもずいぶん苦労したよ。

トップページに、
Dedicated to my lovely daughter Shieri.
とあるだろう。
「私の愛する娘、シェリーに捧げる」という意味だ。
パパの出した本といっしょに、いつか君が見てくれることを願っている。

ずいぶん長くなってしまったね。
パパはこれからこのページに、君への手紙を書いていくつもりだ。

君は今、新しい家族の中で、元気に楽しくやっていると聞く。
だから、もしこのままパパに会わなくなっても、毎日泣いて暮らすようなことはないだろう。
少しずつパパのことを忘れていく君を思うと、とても寂しい。
正直言って、「もうあきらめてしまおうかな…」と、ふと思った瞬間もある。

でもパパは、君がパパのことを大好きで、会いたいと思っていた、「大きくなったら、パパといっしょに暮らしたい」と言っていた、あの頃のシェリーの気持ちを信じている。
うまく伝わるか難しいんだけど、あの瞬間の君の気持ちを大切にしていきたいということだ。

だから、君がママと対等に話し合えるくらい大人になって、自分の意志でパパとも自由に会うことができるようになって、そのときの判断が「パパとは会いたくない」ということでも、パパは文句を言わない。
男らしくあきらめるよ。
長い間いっしょに暮らして面倒をみてくれたママを、気づかわないような娘であってほしくない気持ちもある。

ただ、本当の父親としてときどき君に会い、娘にできるだけのことをしてやりたい気持ちさえなかなか受け入れてもらえない今、ここで弱気になってあきらめたら、将来パパはどうやって君と顔を合わせればいいんだ?

パパはベストをつくす。
反省だらけの人生だけど、絶対に後悔はしない。
君に会うことを絶対にあきらめなかったことで、将来君への愛情を証明するつもりだ。

君にとって、誇りに思えるような父親になる。
それがパパの人生の目標だと決めた。

今すぐに結論は出ないだろう。
一生かかってしまうかもしれない。
だから、シェリーは今の生活を十分に楽しみなさい。

パパも、いつまでもクヨクヨしていないで、これからは自分の幸せも求めていくし、毎日の生活も楽しくやっていこうと思っている。
恋人だってつくるつもりだ。
パパが不幸で、君が喜ぶはずがないからね。

パパはこの3年間、ずっと落ち込んでいた。
ノイローゼみたいになったこともあった。
でも、パパがシェリーとママのために今まで精一杯努力してきたことを、「正しかったよ」と言ってくれて、「辛かったね」となぐさめてくれて、一生懸命にパパを励ましてくれる人たちのおかげで、ようやく最近になって前向きになれた。
その人たちには本当に感謝しているよ。

これから先、パパはどんなことがあっても負けないだろう。
なぜなら、パパの心の中には、あの頃のシェリーがいつもいてくれるからだ。

父親と、記憶の中の娘といっしょの、とても長い、静かな関係だ。
どんなに打ちのめされても、パパの心は折れない。

(2000/4/3)

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