<Yomiuri Weekly>  2002/3/3



白熱 養育費論争

元夫の「俺たちの言い分」

離婚後に、卑劣な手段で養育費の支払い逃れを図る無責任男の多さを指摘した本誌の記事(1月27日号)に対し、多くの反響をいただいた。
ほとんどが実直に養育費を払っている、あるいは、払う意思のある元夫たちからの反論。
お金を払っても、「母親の遊具に使われてしまう」「子供に会わせてもらえない」といった怒りの声も。
ダメ男がいれば、ダメ女もいる――。 本誌 林 真奈美

3年前に、14年間連れ添った妻と調停離婚した会社員の太田康一さん(仮名・43)は、先月、2人の娘に対する養育費の見直しを求めて家庭裁判所に調停を申し立てた。
子供を口実にして、離婚時に決めた養育費等をはるかに上回る負担を強いてくる前妻(41)のやり口に、堪忍袋の緒が切れたのだ。
「子供のことはかわいいから、養育費などは責任を持って払う。当初の約束より多くかかるというなら、増額してもいい。だけど、それ以外は、ビタ一文出さないという確約を取り交わしたいんです」(太田さん)

離婚調停では、養育費は子供1人につき月3万円、その後にかかる学費は太田さんと前妻で半分ずつ支払うことを決めた。

太田さんは、これまで支払いを滞らせたことは一度もない。
一方、前妻は、学費を一銭も払ったことがない。

子供をダシにする前妻

私立中学に通う2人の娘の学費は合わせて年間約100万円。
納入時期になると、前妻は娘たちを太田さんのもとに差し向ける。
娘たちに、「お金がない。もう、学校にいられない」と泣かれると、太田さんは負担を拒否することができない。

学費ばかりではない。
娘たちはたびたび電話で、「お米が買えない」「靴下が買えない」と訴えてくる。
子供かわいさから、太田さんはその都度、10万円、20万円と、前妻の口座に振り込んできた。
そして、ボーナス時期には、数十万円を援助した。
なぜか、その時期になると、子供たちがいつも、こう言ってきた。
「お母さんが病気なの」

太田さんは、財産分与として前妻にマンションを渡し、そのローンの月額約10万円も負担している。
前妻のほうはといえば、結婚していたころと同様、ブランド品を次々と購入する生活を続けているらしい。
前妻も働いてはいるが、趣味の習い事の教室で、ときどき助手を務めるだけなので、月収は数万円だ。
「ちゃんと働く気もない。ブランド品を売れと言っても、『娘に託す財産だから』と涼しい顔。子供をダシに、別れた妻の生活まで丸抱えさせられるのは我慢できない」(太田さん)

問題となる面接交渉権

離婚相談を扱う「ウィア」の親権・養育費専任カウンセラーの萩原英子さんは言う。
「子供を母親が引き取った場合、養育費の不払いを決め込む父親が少なくありません。その一方で、受け取った養育費を自分のために使ってしまう母親が目立つのも確かです。養育費は子供のために支払われるものなのに、どちらも、自分たちの間のお金のやりとりだと勘違いしているからです」

子供のいる離婚の場合、養育費とともに問題になるのが、子供と会う権利「面接交渉権」だ。

会社員の菊池一さん(仮名・31)は、昨年6月、半年間の別居生活を経て調停離婚した。
別居期間中に妻のもとから連れ戻した長男(5)の親権は菊池さんが得たが、二男(3)の親権は前妻(30)に。
菊池さんは、二男の養育費として月3万円を前妻に支払う約束をしたが、いまだに支払っていない。
それは、払いたくないからではない。
では、どうして――。
「別居以来、二男に全く会わせてもらえません。実家に戻ったはずの前妻は、よそに住んで所在も知らせてきません。『二男に会って、母親が養育責任を果たしていると確認できたら、養育費も払う』と、前妻の実家に内容証明郵便で伝えましたが、反応なし。先日、僕の家に、二男の予防接種の通知が来ました。移転先では接種が済んでいないらしく、養育状況がすごく心配です」(菊池さん)

菊池さんが子供の状況を不安がるのは、ほかにも理由がある。
前妻は、以前から幼い子供2人を残して外出することがたびたびあったからだ。
菊池さんが夜勤の時、残された子供が泣き叫び、隣人が警察を呼んだこともあった。

携帯代月4万円も請求

養育費の名目では支払っていないものの、菊池さんは離婚後も前妻に対して、かなりの金銭的負担をしてきた。
結婚期間中に妻が買ったパソコンや衣服のローン請求が菊池さんのもとに来るので、月に5万−6万円を負担している。

また、ときたま電話してくる前妻に、「子供の声が聞きたかったら、携帯電話の料金を払って」と言われて、月4万近くの代金も支払っている。
この半年で、1年分の養育費以上の負担はしたという。
「足長おじさんじゃあるまいし、子供の成長に一切かかわれないのに、金だけ出せと言われても納得できない。金を出すなら、子供にも、僕がこれだけ父親として愛情を注いでいることを知ってほしい」(同)

菊池さんは昨年11月、面接交渉権を求めて家裁に調停を申し立てた。
しかし、前妻は調停に出て来ない。
調停員には、「親権者が会わせたくないと言えば、その意向が尊重される」と、暗にあきらめるよう諭された。
二男に会える見込みがない以上、ローンなどの支払いを続ける気は失せてしまう。
「足長おじさん」ではつらい。
だが、それに甘んじることを余儀なくされている父親も少なくない。

都内在住の会社経営・中田秀男さん(仮名・39)は、3年半の別居を経て98年に調停離婚した。
11歳の長男を頭に3人の息子は前妻と暮らしている。
養育費の支払いを欠かしたことは一度もない。
だが、別居期間も含めて息子たちに会えたのは4回だけ。
もう2年以上も会えずにいる。
「養育費を払うのはいいんです。子供のために頑張ろうと思って、仕事にも打ち込めます。でも、正直言って、会うことができないのに送金だけ続けるのは、心情としてとてもつらい」(中田さん)

子供に会えるよう、できるだけの手は打ってきたつもりだ。
離婚調停では親権を要求したが、日本では離婚後の親権が母親となるケースが8割を占める現実を前に、弁護士にも「無理だ」と言われ、代わりに面接交渉権を確保した。
だが、「親権者の意向」で、年にたったの3回に限られた。

親権の8割は母親に

4回目の面接の後、中田さんは回数増を求めて家庭裁判所に調停を申し立てた。
これで前妻との関係がより一層悪化し、子供たちに全く会えなくなってしまった。
対抗策として中田さんは、親権変更を申し立てたが、家裁は却下。

しかし、中田さんもあきらめない。
次に、面接させる義務の不覆行で、前妻への間接強制(義務を覆行しない場合に罰金を科すことで覆行を心理的に強制する)を家裁に求めた。
家裁が罰金を8万円と決定すると、前妻は現金書留で8万円をよこし、中田さんに対し面接禁止令を申し立ててきた。
家裁は、「これだけ親同士がもめていては、面接など無理」と、これを認めたという。
「養育費も親との面接も子供の権利なのに、日本ではその認識が欠けています。私は子供が父親の愛情を感じてすこやかに育ってほしくて、子供のためを思って面接を求めているのに、日本の法律や裁判所の前には、なすすべもないんです」(中田さん)

民法では、幼い子供がいる離婚の場合、父親か母親のどちらかに親権を定めるようになっている。
そして、前述の通り、母親側が親権を得るケースが8割を占める。
ところが、養育費や面接交渉権については規定がなく、養育費を払ってもらえない母親や、子供に会えない父親が続出する結果となっている。

共同養育権の法制化を

こうした状況を改善しようとする活動もある。
インターネット上に2000年9月に開設されたサイト「ファーザーズ・ウェブサイト」も、そのひとつ。
養育費支払いと面接交渉権をセットにした「共同養育権」の法制化を目指して賛同者を募っている。
中田さんも、現在はこのサイトの管理者グループの一員だ。

グループの代表格である会社経営・美由直己さん(41)は、こう語る。
「欧米なみに、養育費支払いと面接を子供の権利として明文化し、法的に保障したいというのが、私たちの願いです。子供に対する責任を放棄して、養育費支払いから逃げ回る親からは、強制的に取り立てればいい。一方、別れた相手に子供を会わせない親に対しては、相手に暴力癖など問題がある場合は別として、裁判所が面接の回数や日時を指定、命令するような制度が必要です」

99年に離婚した美由さん自身、4歳になる娘とは全く会えずにいる。
養育費を払うつもりはあったが、親権をめぐり前妻と高等裁判所まで争ううち、相手が受け取りを拒否してきた。
「ここまでこじれると、相手と一切接触できないんです。多くの人が同様の経験をしています。もう、法律で強制してもらわないと、どうにもなりません」(美由さん)

父親側からは、ほとんど自動的に親権が母親に定められることに対しての不満も多く聞かれる。

前出の萩原さんによると、家裁は、「幼い子は母親のそばにいるのが幸せ」という固定観念に基づいて判断する傾向がある。
また、離婚前に妻が子供を連れて家を出るパターンが多いが、こうしたケースでは、「現状維持」が重視されがちだ。

耳を貸さない家裁

神奈川県に住む土屋孝之さん(仮名・35)は、2年余りの別居を経て昨年2月に調停離婚した。
しかし、5歳の娘の親権が前妻に渡ったことを、今でも納得していない。

土屋さんによると、別居前の前妻は、気に入らないことがあると、土屋さんに暴力を振るい、娘にも当たり散らしたという。
「私が『性別に関係なく、人を育てる人間として判断してほしい』と訴えても、家裁は耳を貸してくれませんでした。親権決定の判断基準があいまい過ぎると思います」(土屋さん)

今は、月4万円の養育費を支払い、娘とは月に1度会う。
前妻は、この面会後は不機嫌になって娘につらく当たるらしく、帰宅時間が近づくと、娘はしょんぼりしてしまうのだという。
「両親の愛情を受けて育つのが子供の幸せでしょう。なぜ、それを許さない前妻が親権者なのか。そうはいっても、娘に会わせてもらえなくなるのが怖いから、現状で我慢せざるを得ません。親権は得られないし、面接交渉権も保障されていないし、今の制度では、父親はあまりにも無力です」

夫婦の破綻は仕方ない。
でも、どちらも子供の親であることに変わりはない。泥沼の離婚劇の中で、そんな単純なことが忘れられがちだ。
非があるのは父親か、母親か、あるいは両方か。
それはまさにケース・バイ・ケース。

だが、親のメンツや意地の張り合いに巻き込まれ、両親の愛情を実感できず、金銭的にも不自由を味わわされる子供こそ一番の被害者であることに、変わりはない。

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