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景清伝説

   景清廟(宮崎市下北方)         
生目神社と景清廟 生目神社と景清塚 生目神社と人丸 生目神社と人丸 生目神社と人丸
景清が住んだという宮崎市下北方地区には、<景清廟>が建てられ、手厚く供養されています。"人丸"という文字がちょっと不気味です。
 
景清伝説
源平の戦いで敗れた平氏の数少ない生き残りの中に景清はいました。景清は、源氏の総大将源頼朝を討とうとつけねらっていましたが、畠山重忠のためにとらえられてしまいます。
景清は、”源氏が栄えるのをこの目で見るのはつらい”とわが両眼をえぐりとって盲目の人となりました。
景清を惜しんだ頼朝は、景清を日向の勾当(こうとう、盲目の僧の役職)に命じたので、景清は日向にやってきました。
一方景清の娘人丸(ひとまる)は、鎌倉に預けられ立派な娘になりました。風の便りに父景清が日向に流されていることを知った人丸は、日向に向かい、そして親子は涙の再会をします。
目の行方
景清伝説は、伝説といわれるだけあって、様々なストーリーが残っているようです。
特に景清の目の行方が気になるところです。
景清が捕らえられたのは奈良東大寺近辺で、直後に両眼をえぐり取っています。
その両眼は、
(1)頼朝の指示で日向に祀らしめた。
(2)景清の墳墓の近く亀甲山の松木に掛かりて怪光を放つので生目の地に祀られた。
(3)景清の重臣の高妻氏が頼朝の命を受けて両眼を擁して生目の地に来て、活目八幡宮に合祀した。
といろいろな伝承があるようです。
さらには、日向には目をえぐり取った場所自体を日向とする伝承もあります。すなわち、
(4)景清は、日向にきてから、自らの目をえぐって、生目神社の松の木のあるところに
投げ捨てた、というものです。
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