過失(あやまち)

 

もう日が高く さんさんと降り注ぐ

暑い夏のとき 一人草原を歩く

汗でまみれた髪が 首筋にほつれて

薄い衣をぬらすと 素肌が透けて

又いっそう暑いのに 道は遠い

 

木陰のことなど 考えない

ひたむきに歩いて 後ろも見ないで

足にはほこりでまみれた靴 かかとが見える

靴からはみ出て いっそう白い足首

こんなに暑い日 道がほこりで曇る

 

休みたいと 思ったとき

向こうにぼんやり 入り口が見えて

行ってみたい 急ぎ足になる

ほこりの中で遠く きらきら光る

なにか解らず もっと知りたくなった

 

綺麗なもの 見たこともない

心が騒ぐ キラキラして心を捉えて

 素敵なドアノブを 押してみたい 

 引き寄せられて 手を伸ばすと

ドアーが開き始めてる  「あー」

 

見るだけだった それだけだった

強引な暗闇に 吸い込まれていく

何かの気配 確かに感じる

「あー」! 後ろのドアー  バタンと音を立てる

振り返れない 後ろが見えない

 

真っ暗になって 腕をとられて

ぐんぐん進んでいく どこへ行くの

意志のないまま 歩くだけ歩く

自分の存在があるのか そんなことも解らない

暗闇が胸を刺す もう歩けない

 

助けてと叫ぶ すると闇は晴れて

一人草原にいた そこら中が濡れて

ほつれた髪を 手に取る

髪は乾いて かさかさして手に絡む

頬を両手で包むと しずくで濡れている

 

涙が溢れて 知らずに溢れて

頬から首筋 衣に落ちて

衣が道をぬらして でも・・・

見ると一面 大切なものが

あれもこれも そこらに散らかっている

 

大切だったもの 力が抜けて

しゃがみ込んで 居場所がどこか

住み慣れた家と気づく 助かった

すぐ傍にいるのは 見慣れた人たち

無表情で 動きもしない

 

カサカサに干からびて 何かを持っている

みんなの持っているもの 何?

テーブルに座り 袋に入れたもの

もぎ取って見ると  中には水溜り

流れた涙を 大切に持っている

 

テーブルの上に はがれた爪

掻きむしって 胸に血のあと

思わず目を覆い 一瞬で感じた

もがき掻きむしって したたり落ちた

涙と血とはがれた爪 枯れた心臓

 

『ごめんなさい』 『ごめんなさい』

大声を上げて 干からびた人にすがり

流せるだけの涙を流し すっかり流し

同じようにテーブルに着き 袋を持ち

涙が『過失』を 洗い流す

 

すると蒸発して 雲になり

雪が降って 真っ白に覆い尽くし

幾たびも季節が行き 熱い暑い

夏がやって来た時 積もった雪が溶けて

元の草原に戻る 緑の草原に

 

流れた時間はいったい 何?

暗闇の時間や ひからびて

雪の下で うずくまっていた時間

あれは何? 過失の意味は?

何も無かったと 今は思い出すこともない

2006年5月13日 峰響子
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